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モーニング娘。 5+3-1

1 :A.:2001/07/07(土) 03:11 ID:d5a0ffhc
序章
1999.4.18。

第1章
モーニング娘。以前

第2章
敗者復活。1997.秋

第3章
メジャーデビュー。1997.冬~1998.1.28

第4章
5+3=・・・・・。1998.春

第5章
栄光と苦悩。1998・秋~1998.12.31

終章
これからのモーニング娘。1999.4.18

2 :名無し娘。:2001/07/07(土) 03:12 ID:c6mJEOp.
ん?

3 :名無し娘。:2001/07/07(土) 03:14 ID:rA6vHPjk
は?

4 :名無し娘。:2001/07/07(土) 03:14 ID:MGmvWQsc
それ、今でも売ってるんスか?

5 :A.:2001/07/07(土) 03:29 ID:OWNB6fNc
序章
1999.4.18

それぞれの4.18

「夢に出てくるんですよね、明日香が。日曜日の夜からずっと。ラストコンサートだったり、いつもレッスンを受けてるスタジオだったり。『ダンスレッスンだけは一緒にしたいなと思って来たんだ』とかいうんですよ、いつものあの調子で。そう、夢の中の明日香が・・・・・」

ラストコンサートから4日後、東京・青山にあるワインバーで中澤裕子はビールを口に運びながらそんな会話を始めた

「私、ずっーといってましたもん、『辞めるの、やめときや』って。4月18日になってもいってたし、最後のコンサートが終わった後でも、『マジで辞めんの? エエで、このままおっても』って。でも、明日香は『裕ちゃん、大丈夫だよ。私はちゃんと考えて決めたんだから』って。ほんま、あの日は来てほしくなかった・・・・・」

6 :名無し娘。:2001/07/07(土) 03:29 ID:iLor7Sc.
それ読んでないから語れない。

7 :名無し娘。:2001/07/07(土) 03:34 ID:YK7vYgGQ
5+3−1+1−1+4−1−1



 

8 :A.:2001/07/07(土) 03:44 ID:OWNB6fNc
4月18日・日曜日・東京都新宿区にある厚生年金会館。

この日この場所で、『モーニング娘。』は彼女たち自身初の全国ツアーとなる『Memory青春の光ツアー』の最終日を迎えるとともに、脱退していく福田明日香最後の日も迎えることになっていた。

『モーニング娘。』の8人にとっては、今後どんなことがあろうとも忘れることのできない1日が、とうとうその幕を開けたのだ。

午前11時30分、学校の都合で遅れて会場入りすることになっていた矢口真里と市井紗耶香の2人を除く6人が会場に到着。そのいずれの表情からも、いつもの彼女たちのそれとは違う何かを見つけることはできなかった。もしかすると、努めてそんな表情を作っていたのかもしれないが、とにかくその時の彼女たちは、普段と何ら変らない表情であった。

9 :A.:2001/07/07(土) 04:01 ID:OWNB6fNc
ただ、この日を最後に『モーニング娘。』を去ることになっている福田明日香だけは、その表情をいつにない緊張の色を浮かべていた。もちろんそれも、ほんの少し、といった程度ではあったが

「今日のコンサートが終われば、もうファンのみんなとは会えなくなるんで、悲しいとかせつないとかそんな気持ちが込み上げてきますけど、でもやっぱり歌をちゃんと歌うことが私からみんなに捧げられる唯一のものなんで、今日は集中したいと思います」

楽屋入り直後、ASAYANの取材カメラに向かって福田はキッパリとそういい切った。

若干引きつっているように見えたその表情は、最後のコンサートへ向けての緊張や不安、別れに伴う哀しみや淋しさによるものではなく、来てくれるお客さんに対してプロとして最後まできちんと歌いきなければ・・・・・ そんな固い決意が滲み出たものであった。

10 :A.:2001/07/07(土) 09:04 ID:OWNB6fNc
8人一緒の楽屋はこの日、いつも以上の明るさに満ちていた。

そこは福田を訪ねてきた多くの関係者であふれていたが、この楽屋の賑やかさは決してそれだけによるものではなかった。

「明日香が最後に笑ってバイバイっていえるように、明るく送り出してあげたいなって思ってるんで・・・・・」

メンバーで中澤裕子に次いで年長の石黒彩は、自分より6つ下のメンバーとの別れに関して、とにかくとびきりの笑顔で送り出したい・・・・・そのことばかりを考えていた。彼女のそんな思いが他のメンバーにも伝播し、この日の楽屋の雰囲気は生み出されたのだろうか。

石黒と、この日去り行く福田は、その年の差を超え特別な関係にあった。

「精神年齢が一緒ぐらいなんですよ、私と明日香って。私はこう見えてもすごく弱いというか、大人っぽくないところがあるんです。反対に明日香は中学生なのに大人ですよね。私が子供っぽい大人で明日香は大人っぽい子供。だから一緒にいてすごく楽だった。ホント、明日香からはいろんなことを学びました。強くなること・・・・・そしてマイペースであること・・・・・」

11 :A.:2001/07/07(土) 12:38 ID:d5a0ffhc
1999年を迎えて間もない1月13日『モーニング娘』の福田を除く7人は、その日の仕事を終えた段階で、衝撃的な報告を受けることになる。

「福田が『モーニング娘』を脱退することになりました」

この言葉を耳にした瞬間、石黒は絶句し、その目からは途端に涙があふれ出てきていた。

「とにかくヤだった・・・・・」

福田から実に多くのことを学んだという石黒は、その瞬間に沸き上がってきた感情をそう振り返った。

「明日香とすごく仲良くなって、一緒にいる時間が増えてだ頃、たまに自分からいうんですよ、『辞めようかなって思ってんだ』って。そんな時、私は冗談ぽく軽く流してたんです。それが本当だったんだとわかって・・・・・ なんでちゃんと話を聞いてあげられなかったんだっていう、自分に対する嫌悪感もあって・・・・・ ものすごくショックでした」

12 :A.:2001/07/07(土) 16:34 ID:OWNB6fNc
「朝からまともに明日香の顔を見れないんです」

ラストコンサート当日、そう語っていた矢口真里は、1月13日、同じタンポポのメンバーである石黒彩、飯田圭織の2人と共に福田脱退の知らせを聞き、石黒同様、涙を流した。

「家族がいなくなるみたいで・・・・・。ほんとうは毎日一緒にいて妹みたいに思っていたんですよ。たぶんうちの妹よりたくさん会っていると思うんです。それなのに、同じ生活をしなくなると思ったら、すごいショックで。いきなしだったし」

およそ1年間、芸能界というまったく未知の世界で濃密な時間を共に過ごしてきた福田が突然いなくなってしまう・・・・。それは矢口にとってはショック以外の何者でもなかった。

13 :名無し娘。:2001/07/07(土) 17:01 ID:FaIGW7sw
これ図書館で借りたら履歴書のとこだけ(写真)切り取られてた。
いるんだろ!○市図書館の盗ったモーヲタ!(w

14 :A.:2001/07/07(土) 18:27 ID:d5a0ffhc
しかしこの時、石黒、矢口と同席していた飯田圭織だけは涙を流すことなく、まるで納得しきったかのような表情で、報告の言葉を一つ一つ噛み締めるようにして耳を傾けてた。

そして涙に暮れる石黒と矢口の2人に「泣いたらダメだよ、明日香の決心がにぶるから」と諭してる。

「かおりんも明日香と一緒で学校と『モーニング娘』を両立させなきゃいけない立場だったから、明日香の考えに共感できたというか・・・・・。かおりん自身も同じようなことをずっと考えてた時期があったし。『仕事と学校、そのどっちか一方にも集中できない状態ってヤだよね』って話し合ったこともあったんです。それに、辞めるとはいったものの明日香だって『これで良かったのかなぁ』っていう気持ちが多分どこかにはあったはずなですよ。そんな明日香に、『辞めてほしくない』とかいって決心をにぶらせてしまったりすると、それが明日香にとって一番つらいことかなぁと思って・・・・・」

そんな飯田も、言い知れぬ緊張のせいなのか、4月18日を前に3日ほど、ほとんど眠れなかったという

15 :A.:2001/07/08(日) 13:38 ID:CosKy4cU
「最初に3人になじんでくれたのが明日香だった。気を使ってくれて、という感じじゃなく、ごく自然だった」

保田圭は『モーニング娘』に入って間もない頃を思い出していた。

ここでいう「3人」とは、メジャーデビューをつかだオリジナルメンバー5人に途中から加えられることになった追加メンバー、保田圭、市井紗耶香、矢口真里の3名のことを意味している。当初、オリジナルメンバー5人との人間関係に揺れていた彼女たち3人に、真っ先になじんだのが福田であったというのだ。

そのことを象徴する、こんなエピソードが残っている。

新メンバー追加後間もなく沖縄で行われた『サマーナイトタウン』のブロモーションビデオの撮影の時、ホテルで福田と同室になった市井。彼女はその夜のことを今なお克明に記憶している。

「それまでは『福田さん』って呼んでたんです、私たち。年下ですけどこの世界では先輩ですから。でも、その日たまたま部屋が同じだったんでいってみたんですよ、『明日香ってよんでいい?』って。そしたら何の気負いもなく『いいよ』っていってくれて。私も『紗耶香って呼んで』っていったりして。今考えたら不思議な会話ですけど、その時はすごく嬉しかったのを覚えています」

16 :A.:2001/07/08(日) 14:54 ID:CosKy4cU
全国7ヶ所で計19回の公演を行ってきた今回の全国ツアー。厚生年金会館のステージで、その最後のリハーサルが始まった。それは、いつにもまして力のこもったリハーサルとなった。

「これまでは歌っている時に、隣に福ちゃんがいるんだっていう安心感がすごくあったんですよ。歌い終わった後とかも、『やぁ、ちょっと失敗しちゃったね』とか、『こういう風に歌ったほうがいいんじゃない?』とかいい合えたし。そういうのがこれからはなくなっちゃうんですよね。それがすごく淋しい」

福田と共に、『モーニング娘』においてメインボーカルをとることの多い安倍なつみは、切磋琢磨し、相談し合えたパートナーがいなくなってしまうことを何よりも哀しんでいた。

そんな安倍はリハーサル中ずっと、福田の歌う姿が気になって仕方がなかったという。

「福ちゃんの歌っている横顔とか後ろ姿とかを見ながら、あぁ、この曲も最後なんだぁ・・・・・『サマーナイトタウン』も、『抱いてHOLD ON ME!』も・・・・・って、そんなことばっかり考えていました」

8人それぞれが、様々な思いを胸に臨んだ1999.4.18。 無情にも、その最後の瞬間は刻々と近づいていた。

17 :A.:2001/07/08(日) 16:11 ID:CosKy4cU
『明日香コール』


開演が迫るにつれ、楽屋の賑やかさにさらに拍車がかかる。

これまでどこの楽屋でも、大騒ぎしている他のメンバーを尻目に一人静かにしていることの多かった福田たが、この日に限っては違っていた。

「あと6時間で私は終わりだ!!」

時折そんなことを大声で叫ぶことすらあった。

さらに、ひと所にじっとしていられないのか、各所から送られてきた花を幾度となく見に行ってみたり、しばしばトイレに入るなど、明かに落ち着かない様子を見せる。こんな福田を見たのは、まわりのスタッフやASAYANスタッフはもちろんのこと、この一年半を伴に過ごしてきたメンバーたちにとってもまったく初めてのことといっても過言ではなかった。

しかしその一方で、ふとした瞬間に何かを考え込んでいるような深刻な表情を浮かべる福田の姿も、そこにはたしかにあった。一瞬見せるその表情は、にぎやかな楽屋では極めて異質な空気を漂わせており、わずかだがエアポケットにような空間を作り出すことすらあった。この日の福田は明かに違っていた。

連日最高気温が20度を超え、汗ばむほどの晴天が続いた東京の都心部であったが、この日は昨夜から降り始めた雨であいにくの空模様であった。にもかかわらず、新宿の繁華街からちょっと離れたその一帯だけは、一種異様なただならぬ雰囲気に包まれていた。

18 :名無し娘。:2001/07/08(日) 16:14 ID:eOJvCat2
すごい・・・

19 :A.:2001/07/08(日) 16:22 ID:CosKy4cU
>>18 やるよ・・・最後まで

20 :A.:2001/07/08(日) 17:49 ID:CosKy4cU
開演数時間以上も前から厚生年金会館周辺には多くの人々が集まり始め、それはいつしか巨大なエネルギーを帯びた人の波へと変っていった。

福田明日香最後のCD『Memory 青春の光』にカップリング曲として収められた、福田がメインボーカルをつとめるナンバー『Never Forget』を、降りしきる雨の中、熱唱し続ける集団・・・・・。さらにその傍らでは、「チケットあるよ!」と、幾つものダミ声が交錯していた。ちなみにこの日のコンサートのチケットには最高10万円もの値段がつけられたという。

そして開演60分前、大きな人の流れが会場へとなだれ込み始める。

2千人を収容するそのホールはあっという間に人で埋め尽くされた。そして、どこからともなく〃明日香コール〃が巻き起こり始め、会場内には早くも興奮しきった空気が充満していた。

あとは、8人の登場を待つばかりてあった。

21 :A.:2001/07/08(日) 18:34 ID:CosKy4cU
開演5分前、『モーニング娘』の楽屋に青い円陣ができる。さっきまでの弾けた空気はそこにはなく、ピンと張り詰めた熱気と緊張感だけが流れていた。

「とうとう来たね。悔いがないように楽しんで、会場のみんなを楽しませて、自分たちも楽しむ。メリハリのあるステージを・・・・・」

オープニング曲『サマーナイトタウン』の青い衣装に身を包んだ8人が、円の中心で手を合わせ中澤の言葉を受け止める。

「後悔はしないようにしよう」と飯田が続けば、「本当に最後だよ」「最後だよ」と、他のメンバーも口々に続ける。

そして最後、中澤の「がんばっていきまっょい!!」というかけ声に全員の声が重なり、彼女たちはついに8人最後のステージへと向かったのである。

22 :大河好き:2001/07/08(日) 21:17 ID:CosKy4cU
ラストコンサートの3日前の4月15日、『モーニング娘』の面々は8人で最後となるASAYANのスタジオ収録に臨んだ。

そして収録終了後、番組MCのナインティナインと中山エミリから花束を受け取った福田は、来たるべき、自身のラストコンサートに臨む今の気持ちとしてこんなことを語っている。

「やっぱりまだ、泣くほどの実感はないんです。けど、いざ最後のステージに立って『Never Forget』を歌う時になると、たぶん私は泣いてしまうんじゃないかな、と思いますね。本当の最後の最後には」

23 :A.:2001/07/09(月) 01:08 ID:Asat9rII
オーディションの時から数えると約2年間にわたってASAYANに出演し続けた福田だが、その間、カメラの前で彼女が号泣したのはたったの一度しかない。

『シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション』に12歳で参加し、最年少ながら最終候補者11名の一人にまで残った福田は、他の候補者と共に合宿へ。そして、その成果を試すために行われたスタジオでの課題曲披露の直前、スタジオのセットの裏で、福田は辺りをかまうことなく泣き散らしている。

課題曲を思うようにマスターできなかった悔しさから泣いたのか、それとも極度の緊張に耐えきれずに涙がこぼれたのか、今ではなぜ泣いたのかすっかり忘れてしまったという福田だが、『モーニング娘』として最後の日、その本当の最後の最後にはやっぱり涙がこぼれてしまうのではないか・・・・・ 3日後の自分を想像してみて、彼女はそう分析したのだ。

だが、その一方で、4月18日のラストコンサート当日に彼女自身が語ったように、来てくれたお客さんのためにしっかりと歌いきりたい、という強い思いもあった。

最後の日の福田の中には、14歳の女の子としての自分と、プロ歌手としてのもう一人の自分が同居し、それらが入れかわり立ちかわり出現してしくるような複雑な精神状態にあったのではないだろうか。

いったい、福田明日香はこのラストコンサートでどんなファイナルステージを見せるのだろうか。

24 :A.:2001/07/09(月) 08:51 ID:Asat9rII
『Never Forget』


まばゆいばかりの逆光を浴びながら観客の前に姿を現した8人は、彼女たちの2ndシングル『サマーナイトタウン』からコンサートをスタートさせた。

そして、思いで深い楽曲を次々と披露していく。

メジャーデビューの際、5人でメインを争ったデビュー候補曲のうちの一曲『とうにかして土曜日』。

彼女たちの1stアルバム『First Time』の記念すべき1曲目、『Good Morning』。

途中、平家みちよ、演歌の中澤裕子、そしてタンポポのコーナーを挟み、後半戦のスタートを飾ったのは、福田最後のシングル『Memory 青春の光』。

東京弁、大阪弁、北海道弁と、メンバーがそれぞれの出身地の言葉でラップに挑戦しているアルバム曲、『未来の扉』。

そして、この日の14曲目が、オリコン初登場1位を達成し、前年の12月31日にはレコード大賞最優秀新人賞を獲得、紅白歌合戦の舞台でも歌った『抱いてHOLD ON ME』。

25 :A.:2001/07/09(月) 15:44 ID:.szP5OxE
爆発的な盛り上がりの中、ここで8人はいったんステージから退く。

場内に沸き帰るアンコール。

そして、それはいつしか〃明日香コール〃へと変わっていった。

楽屋に戻った福田は、自分を待ち望む2千人のコールをかすかだが、確かに聴きながら、メンバーと共に大急ぎで着替えに取りかかっていた。絶対に最後まできちんと歌いきらないと、そう自分に強くいい聞かせながら・・・・・。

26 :九熊:2001/07/09(月) 16:32 ID:nw0Q0gnw
頑張って

27 :名無し明日香。:2001/07/09(月) 16:37 ID:XtEpSz3c
涙が止まらないよ

28 :名無し娘。:2001/07/09(月) 17:22 ID:OI0IK19s
これ妄想?

29 :名無し娘。:2001/07/09(月) 17:36 ID:p9d//puA
この本の存在を知らんのか・・・

30 :名無し娘。:2001/07/09(月) 17:38 ID:8RcIx7Wc
>>28
実話だよ。

31 :名無し娘。:2001/07/09(月) 18:17 ID:rxMKIuMU
http://books.rakuten.co.jp/RBOOKS/NS/CSfLastGenGoodsPage_001.jsp?GOODS_NO=1065323
http://books.rakuten.co.jp/RBOOKS/NS/CSfLastGenGoodsPage_001.jsp?GOODS_NO=1095685

32 :A.:2001/07/09(月) 19:34 ID:Asat9rII
アンコールにこたえ、再びステージに登場した8人がまず歌ったのは、彼女たちが世の中に飛び出していった曲、『モーニングコーヒー』。

天井から数千個の色とりどりの風船が舞い落ち、ステージは一気に華やかさを帯びる。だが、それとは反対に、歌い踊る『モーニング娘』のメンバーの表情から明るさが消えていきつつあった。

安倍、そして中澤が涙に顔をゆがめる。

しかし、ホップな曲調のこの曲に涙は似合わない。満面の笑みでこのメジャーデビュー曲を歌い続ける福田の姿を目の当たりにし、安倍と中澤の2人も懸命に涙をこらえ、笑顔を取り戻していった。

そして、曲が終わる頃には、8人全員がこの日一番の笑顔を見せていた。

だが、この曲が終わると同時にステージの照明は暗転。とうとう、最後の瞬間がやって来てしまったのだ。

33 :A.:2001/07/10(火) 05:40 ID:BOsGx1dE
真っ暗な中に一人浮かび上がる福田明日香。最後の挨拶が始まる。

「今回のコンサートを最後に、『モーニング娘』を卒業する私、福田明日香から、皆さんへの言葉を聞いてください」

ここで福田はマイクを口からはずし、生の声でゆっくりと一言づつ噛みしめるように、2千人の観客全員に語りかけた。

「私は『モーニング娘』になって、本当にいろんなことを皆さんから学び、教わってきました。なのに、私のわがままで、いきなりここから消えるということになって申し訳ないと思っています。でも、この卒業を皆さんに笑顔で見送ってほしいんです。

つんくさんが、卒業していく私と、その卒業を見届けるメンバーの気持ちを、詞とメロディーにのせて作ってくださった『Never Forget』を、私も笑顔で歌いきります。どうも、ありがとうこざいました」

福田から脱退の意志を聞いたプロデューサーのつんくが、彼女への〃はなむけ〃として書き上げた『Never Forget』。その、せつなくもどこか希望にあふれた力強いイントロが始まる。

34 :A.:2001/07/10(火) 06:32 ID:BOsGx1dE
I`ll Never Forget you

忘れないわ あなたの事

ずっとそばにいたいけど

ねえ仕方ないのね

ああ 泣きだしそう



You`ll Never Forget Me

忘れないで あたしの事

もっとそばにいたいけど

もう旅立つ時間

ああ 泣きだしそう

(『Never Forget』より)

35 :A.:2001/07/10(火) 06:54 ID:BOsGx1dE
送り出す側の7人は、ある者は瞳に涙をため、ある者はぐしょぐしょに頬を濡らしていた。しかし、送り出される側の一人は、堂々と、それでいて実にのびのびと歌い続けた。

そして、そのまま涙を見せることなく福田明日香は歌いきった。プロとして来てくれたお客さんに歌を精一杯伝えたい・・・・・ その思いを、この14歳は最後の最後まで貫き通したのである。やっぱり泣いてしまうのではないか・・・・・ 3日前に彼女自身が予測した事態は起こらなかった。プロの歌手としての自分が、もう一人の自分に見事勝利したのだ。

続いてメンバー一人一人から最後の言葉をかけられ、『さみしい日』を全員で熱唱してもなお、福田は毅然と振る舞いつづけていた。

福田に一輪ずつ花をたむけ、一人また一人とステージから去っていく『モーニンク娘』の面々。
最後に中澤裕子から抱擁を受けた後、ステージに一人残された福田は観客に元気よく声をかけ、ついに最後の舞台から消えていった。

「ありがとう! バイバイ!」

その瞳に、やはり涙はなかった。

だが、この直後、福田明日香の涙腺はとうとう破裂してしまう。

36 :A.:2001/07/10(火) 09:57 ID:TWdIlMTk
ステージから降りてくる福田を待ち受ける7人の輪に吸い込まれていく福田・・・・・。

その時、初めて彼女の目から涙がこぼれた。それは、14歳の女の子としての自分とプロの歌手としての自分という複雑なせめぎ合いから解き放たれた、まさにその瞬間のことであた。

さらに、楽屋へと戻る途中、笑顔と拍手で彼女を迎えるプロデューサーつんくの姿を目の当たりにすると、福田はつんくに対して小さく一礼をし、そのままタオルで顔を覆ってしまった。

「『モーニング娘』は青春でした」

青春・・・・・。14歳の少女に似つかわしくないそんな言葉を残し、福田明日香は去っていった。

青春には汗と涙、苦悩と感動がつきものである。

では、福田をはじめ『モーニング娘』8人にとっての“青春”とはいかなるものだったのだろうか。

また、福田は、そして7人になった新生『モーニング娘』は、これからどんな“青春”の続きを歩んでいくことになるのであろうか。

5+3-1。 果して、その答えは・・・・・。









37 :大河好き:2001/07/10(火) 16:42 ID:BOsGx1dE

第1章 モーニング娘。以前

~1997・夏

38 :A.:2001/07/10(火) 16:51 ID:BOsGx1dE
イジメ。死のうと思ったあの日。

「今だからこうって笑って話せるんですど・・・・。 その時は本当に死のうと思ってました。お母さんが看護婦さんをやってたんで、うちにはいろんな風邪薬があったんですよ。それをいっぱい飲めば死ねるかな、とか。ずっとずっと、そんことばっかり考えてました」

なぜ歌手になりたいと思ったのか? 話がそのことに及ぶと、安倍なつみは唐突にそんな風に喋り始めた。

「中学1年生の時にすごいイジメにあってたんです。そのキッカケは、いきなりというか、ホントにある日突然だったんですよ」

39 :A.:2001/07/10(火) 17:01 ID:BOsGx1dE
北海道室蘭市。製鉄・製鋼業の町として古くから栄えていた北海道随一のこの港湾都市で生まれ育った安倍は、その日まで、大した悩みを抱えることもなく何不自由ない生活を送っていた。

地元の公立中学校に入ったばかりの安倍は、5、6人の女の子グループとごく自然に仲良くなっていく。グループといっても、いわゆる不良グループといわれる類いのものではなく、学年でわりと目立っていた存在、といった程度であったという。学校帰りにみんなで近くの公園に立ち寄り時間が過ぎるのも忘れておしゃべりに熱中する、そんな付き合いだった。

40 :名無し娘。:2001/07/10(火) 18:02 ID:iAcYkBi2
ずっと本棚にしまいっぱなしだったのを出してきて、一気に読み返したよ。
その後メモ青のDVD見て泣いちまった。

41 :A.:2001/07/10(火) 18:49 ID:TWdIlMTk
そうか 俺も長いこと押入の肥やしになっていたこの本をぜひ、最近ファンになったモーオタたちに読んで欲しいと思ってこうして書き込んでいるんだけど・・・。

みんな読んでくれてるのかなぁ

42 :A.:2001/07/10(火) 19:07 ID:BOsGx1dE
「その日も、『公園行くべ!』『行くべ、行くべ』っていって、なっちもついていったんです。そしたらなんか、いきなり囲まれたんですよ。なっち以外の全員に。で・・・・・『ちょっとさぁ、前からいいたかったかだけど、あんた見てるだけでムカつく』っていわれて・・・・・。すごいビックリしたから、モジモジしてたんです。そしたら、『とにかく学校来るな』とか『見てるだけで腹立つから、オマエは明日からゼッタイ学校来んなよ』とかってガーッといわれて。ほんのついさっきまで普通に話してたのにどうしたんだろうってぼんやりしてたら、今度はカバンを取り上げられて教科書とかノートとかを地面にパッとばらまかれて・・・・・。そしたら、その後ですね、なっちに松ぼっくりを投げてきたのは。後に『松ぼっくり事件』っていうんです、ハハハ」

そんな風に笑いながら、安倍は4年前の自分に降りかかった悪夢の続きを語っていった。

43 :A.:2001/07/10(火) 19:37 ID:BOsGx1dE
「その辺に落ちていた松ぼっくりを拾って、なっちに投げようとしてるんです。でも、みんなやっぱり最初に投げるのは怖かったらしくって、『あんたやんなよ』とか、『あんたからやりな』とかっていい合ってるんですよ。で、最初の子が投げたら、その後はもうボコボコ、ボコボコ投げられて・・・・・。それで思う存分投げたと思ったら、『学校来んなよ』みたいなことをまたガーッといって、パッと散っていったんです」

44 :名無し娘。:2001/07/10(火) 19:39 ID:dy0LGQnI
>>A
これは丸写しなのかえ?

45 :A.:2001/07/10(火) 19:41 ID:BOsGx1dE
そのとーり

46 :名無し娘。:2001/07/10(火) 19:42 ID:dy0LGQnI
ブックマークさせてもらう。後でゆっくり見させてもらいますわ。
タイピング練習になるな。

47 :A.:2001/07/10(火) 19:46 ID:BOsGx1dE
そのとうり いい運動になるわな 書きうつすだけなの汗が出てくるもんね

48 :名無し娘。:2001/07/10(火) 19:48 ID:sI7VPCpc
これよりもっとすごいイジメがあったんだよ。中3の冬に。

49 :A.:2001/07/10(火) 19:49 ID:BOsGx1dE
どんなイジメやねん

50 :名無し娘。:2001/07/10(火) 19:55 ID:Oe4aDukc
タイトル: そろそろソロデビュー
名前:
E-mail:
内容:
2001年
(9月12日:モー娘。新曲リリース)
9月19日:矢口真里ソロデビュー
9月26日:飯田圭織ソロデビュー
10月3日:安倍なつみソロデビュー
10月10日:吉澤ひとみソロデビュー
10月17日:新メンバーソロデビュー
10月24日:保田圭ソロデビュー
10月31日:新メンバーソロデビュー
(11月7日:モー娘。新曲リリース)
11月14日:石川梨華ソロデビュー
11月21日:辻希美ソロデビュー
11月28日:新メンバーソロデビュー
12月5日:加護亜依ソロデビュー
12月12日:新メンバーソロデビュー
12月19日:新メンバーソロデビュー
(12月26日:後藤真希新曲リリース)

51 :最近ハマったモーオタ:2001/07/10(火) 20:26 ID:z8E/CeY6
「5+3-1」手に入らなかったので大変有り難いです。
頑張って下さい。

52 :A.:2001/07/10(火) 20:42 ID:BOsGx1dE
そうか やってて良かった

53 :A.:2001/07/10(火) 20:55 ID:BOsGx1dE
北海道に早い夕暮れが近づきつつある中、公園で一人、カバンの中身を拾い集めた安倍は、家の人を心配させたくないからと、何事もなかったかのような素振りをして自宅へと帰った。

だが、母親は帰宅した娘の様子がおかしいことに、すぐに気がついた。

「『もう明日から学校に行かない』っていったら、お母さんが『明日学校にいかなかったらこれから先もずっと行けなくなるのよ。今負けたらダメ。つらいけど頑張りなさい』っていってくれて。すごくその言葉は励みになったんてすけど、でもやっぱりつらくて・・・・・。 その頃はずーっと、布団にうずくまって泣いてました。それからも学校ではたびたびイジメにあってて、それで本当に死のうと思ったんです・・・・・」

54 :名無し娘。:2001/07/10(火) 22:01 ID:5wgEllHU
持ってるけどこのスレ見て、また読もうとオモタ。ありがとう・・
頑張ってね。

55 :名無し娘。:2001/07/10(火) 22:15 ID:RiHFkhkQ
この本探してるけどなかなか見つかんないんだよなぁ

56 :名無し娘。:2001/07/10(火) 22:46 ID:TOZPdIfw
>>55
つい最近まで文庫版が売ってたぞ。

57 :名無し娘。:2001/07/10(火) 22:58 ID:h3kQvHpk
この本ブックオフで100円で売ってたな。

58 :名無し娘。:2001/07/10(火) 23:10 ID:9j7MGsrs
あと「もうひとりの明日香」も見つからない。

59 :名無し娘。:2001/07/11(水) 01:15 ID:zV29OIw.
>A
えらい。がんばってくれ。

60 :A.:2001/07/11(水) 02:55 ID:DvyQo2ko
がんばります!

61 :SAT:2001/07/11(水) 03:02 ID:zjO9SS3o
この本ですか後藤が車の中で読んでたの?

62 :A.:2001/07/11(水) 03:09 ID:DvyQo2ko
死を考えるほど深刻なイジメにあった安倍は、その後、どのようにして最悪の状況から脱したのだろうか。

なぜ歌手になりたいと思ったのか? その答えはそこにあった。

小学校の時からテレビを見るよりラジオを聴く方が好きだったという安倍にとって、この時、唯一心をなごませてくれたのもラジオであった。

「ちょうど本気で死のうと思ってた時に、ラジオからJUDY AND MARYさんの『小さな頃から』っていう曲が流れて来たんですよ。その頃はまだ、ジュディマリさんの存在を知らなかったし、その曲も初めて聴いたんですけど、歌詞の中に“ひとりじゃない”ってフレーズがあって。それがものすごく心に残ったんです。今、学校の友達にはイジメられてるけど、なっちには親も姉妹もおばあちゃんもいるんだ、ひとりじゃないんだって・・・・。 この曲を聴いてからですね、やっと堂々と学校に行けるようになったのは・・・・・」

63 :A.:2001/07/11(水) 03:19 ID:DvyQo2ko
その後も学校での安倍に対するイジメは続いていた。比較的おとなしめのクラスメートに話しかけようとしても、例のグループから「安倍とは話すな」という忠告が彼女たちに対して出されるのだ。そのため孤独な学校生活が続いた。

しかし、そんな中でも、安倍はJUDY AND MARYの『小さな頃から』を胸に、部活などを通じて少しずつ友達をふやしていった。そしてなんと、中学を卒業する頃には、松ぼっくりを投げ付けてきた連中とも普通に話せるようにまでなっていたという。

64 :名無し娘。:2001/07/11(水) 03:32 ID:sFsC5eA2
もうひとりの明日香は買ったけど
こっちは買ってなかった。
作者あんがとさん。

65 :名無し娘。:2001/07/11(水) 03:53 ID:NCFRKJuA
こっちは買うほどの本じゃないよ。
ASAYANの都合で事実の歪曲もいくつかある。
タカハタ監修、都筑執筆だからな。

66 :A.:2001/07/11(水) 18:07 ID:yamwv0Us
「自分もジュディマリさんのようにたくさんの人を歌で元気づけられたり、感動を与えられる人になれたらいいなと思って・・・・・ 中学3年の進路を考える時期に、歌手を目指そうって決心したんです」

その頃からASAYANは毎週欠かさずに見ていたという安倍。だが、オーディションに参加することになるのは、高校に通うようになってからであった。

「安倍家は厳しくって、中学の時もASAYANのオーディションを受けたかったんですけど、『高校生になってからでも遅くない』って親にいわれてたんです。で、高校に入った一発目のオーディションがシャ乱Qさんのオーディションで、親の許可もおりたので受けることにしたんですよ」

67 :コブクロ:2001/07/11(水) 18:08 ID:8VlyluTo
ロリコンオヤジは今すぐ精神科へ行けです!!一刻も早く治療するです!!!
なぜと思うですか!!!それは少女に悪影響が及ぶためです!!
じゃなきゃ死ぬべきです!!それ位日本人はロリコン思考なのです!!
ならばです!そう、そこのキミです!「俺は違う」と言ってもそこまでキライじゃないハズです!!
たとえばモーニング娘です!!新メンバーはいったです!!みんな中学生です!!
12歳がふたりもいるです!!なにですか!!なんなんでしょうですか!!!
また写真臭とかだして水着になるですか!!!
それを買うのは大人です!!男の写真集の用途はオナニーです!!!
12歳の子供見てオナニーするですか!!!気持ち悪いです!!!
いいかげんにしてほしいです!!!中高生を売り物にしてる大人達がです!!!
そりゃですね!!ガキなら人件費もかからないです!!ギャラなんてクソだです!!!
なぜこんなに芸能界は低年齢化してるですか!!!それは日本人がロリコンだからです!!!
こういうモーニング娘。とかが人気でてくるとロリコンが増え一般化してきますです!!!
やばいです!!やばいです!!やばいです!!やばいです!!やばいです!!
絶対許さんです!絶対許さんです!絶対許さんです!
今後インタ−ネットがますます普及していくです!!
するとチャットやメールで中高生と大人が出会いますですね!!
絶対大人は中高生を性の対象として遊ぶです!!!
子供に恋する大人はいないですからです!!!ロリコン防止法(幼児ポルノ)と
モーニング娘。まさに時代はどっちを向いてるですか!!!!

68 :名無し募集中。。。 :2001/07/11(水) 18:33 ID:/8CXHqFA
2種類とも初版で持ってるよ…うちゅうだしゅのう。

69 :A.:2001/07/11(水) 19:09 ID:yamwv0Us
おれは「もうひとりの明日香」は持ってないんだよね 誰かここに書き込んでくれないかな。

いやいや古本屋で探してきます

70 :A.:2001/07/11(水) 19:17 ID:yamwv0Us
音楽がイジメのつらさから自分を救い出してくれた。そんな音楽で自分も人も感動させたい・・・・。 当時15歳の安倍はその日、室蘭から実に3時間をかけて、札幌て行われることになっていたASAYANのオーディション会場へと向かった。『モーニング娘』の安倍なつみのすべては、ここから始まったのである。

もし、あの日のラジオからJUDY AND MARYの『ちいさな頃から』が流れてきていなかったら、安倍なつみはその後どうなっていたのだろうか。

71 :Aさんへ:2001/07/11(水) 20:04 ID:SOfKsFWo
続き頼む(マジ)

72 :A.:2001/07/11(水) 23:23 ID:DvyQo2ko
書くよ~

73 :名無し娘。:2001/07/12(木) 03:19 ID:kX50XEPg
>A.
ありがたい。新刊ではもう手に入らないんだよ。
とりあえず保田のとこまででも頑張ってくれ(w

74 :A.:2001/07/12(木) 07:46 ID:v5qdFXU2
「脱出」

大阪市内の北新地と呼ばれる一帯には数多くの高級クラブが軒を連ねている。

そして、この街のとあるクラブで当時23歳の中澤裕子はアルバイトをしていた。お客さんと同席し、共にお酒をたのしみながらおしゃべりに花を咲かせる。いわゆる、水商売といわれる仕事である。

「最初は週3日ぐらいだったんですけど、最後の方はもうほとんど毎日、月曜から土曜までずっと店に出てました。それも、夕方お店でみんなと一緒にご飯を食べて、それから閉店までずっといましたね。なんかねぇ、すごく楽しかったんですよ。お酒も嫌いじゃないし」


75 :A.:2001/07/12(木) 07:57 ID:v5qdFXU2
京都府の北部、福知山市で生まれそだった中澤は、高校卒業後、就職のために大阪に出た。それは、彼女にとって1回目となる「脱出」であったという。

「大阪に来た時は嬉しかった。福知山ってすごい田舎なんですけど、別に福知山が嫌いとかそういうのはないんです。学校は嫌いだったですよ。仕事だったら、給料という形で自分に返ってくるじゃないですか。学校はなんにも返って来ぉへんからなぁ、って。でも、ホント福知山は嫌いじゃなかったんです。けどね、大阪に出て来た時は嬉しかった。なんか脱出って感じが・・・・・」

生まれ育った町が嫌いだったわけではない。ではいったい、当時の彼女は何から脱出したかったのだろうか。

76 :A.:2001/07/12(木) 08:07 ID:v5qdFXU2
中澤は『モーニング娘』結成直前、『シャ乱Qロックヴォーカリストオーディション』のグランプリが平家充代に大決定したスタジオで、ナインティーナインに落選の感想を聞かれ、次のように答えている。

「これからも人生、冒険していきたいです」

「冒険」とは決して、今いる場所や今の状況を否定することから始まるものではなく、それは新たな刺激を求め旅立つ、といった意味合いが強い。しかし、「脱出」という言葉には否定のニュアンスが大いに含まれている。中澤のいう「脱出」とはむしろ、「冒険」に限りなく近いものではないだろうか。

77 :A.:2001/07/12(木) 08:19 ID:v5qdFXU2
18歳から大阪市内の会社でOLをしていた中澤にとって、23歳で始めた北新地でのアルバイトが、2回目の「脱出」だった。

「これも、別に会社が嫌いだったわけじゃないんです。すごくお世話になったし、そのことは今も感謝してます。でも、OL生活という、何時に始まって何時に終わる、土日はお休みっていう、いつも同じように流れていく暮らしから抜け出したかった。会社での仕事って、絶対に私じゃなきゃいけないっていうのはないですよね。別に他の人がしてもいいんですよ。でも、バイトの方は違った。バイトを始めるようになってから、生活にもメリハリが出てきましたし」

そして、OL生活と夜のバイトという二重生活を続けていた中澤に、3度目の脱出を図る機会が訪れる。

78 :A.:2001/07/12(木) 08:39 ID:g9HGfTlw
「ASAYANは『コムロギャルソン』の頃からちょこちょこ見てて、大阪でもオーディションやってるんやとか思ってたんですけど、私、オーディションの告知VTRに出てくる〈CD持参〉って意味がわかんなかったんですよ。普通のオーディションだと、歌を吹き込んだカセットテープを送ったりするじゃないですか。だから、自分の歌声を録音したCDを持って行かなアカンねや、今はそんなひとできんのン? って思って・・・・・」

〈CD持参〉とは、オーディションで自分が歌いたい曲のCDを持って来ることであり、そのカラオケトラックを使って歌を披露するためのものである。

「でも、たまたま見たシャ乱Qオーディションの大阪オーディションの告知には、その〈CD持参〉っていうのが出てなかったんですよ」

この大阪オーディションに関しては、シャ乱Qの地元での開催ということもあって、かなりの数の参加が集まることが事前に予想できたため、審査を2日に分け、1日目は書類審査だけにすることが決定していた。だから、この大阪オーディションに関してだけは、〈CD持参〉の項目が告知のVTRに含まれていなかったのだ。

79 :A.:2001/07/12(木) 10:16 ID:g9HGfTlw
「しかもいつもは、会場は大阪のどこどこっていわれてもわからなくて、『あぁ、めんどくさい』って思ってたんですけど、その時はたまたま会場が家から近かったんですよ。見た瞬間にドキッとして、『これはもしかしたらなんか縁があるのかもしれへん』って思って・・・・・。 それで受けてみようかなぁって、自分の中でちょっと思い始めたんです」

その時のオーディション会場、大阪ビジネスパークMIDシアターは、当時中澤が一人暮らしをしていたワンルームマンションから徒歩で20分ほどの距離にあった。

それまで意味のわからなかった〈CD持参〉という項目がなく、しかも会場は自宅から近かった。中澤が「縁があるかもしれない」と思ったのも無理はないだろう。

80 :A.:2001/07/12(木) 10:23 ID:g9HGfTlw
しかし、これだけいろんな偶然が重なりながらも、当時の中澤はオーディションに参加することに迷いがあったという。いったい、なぜなのか。

「恥ずかしかった・・・・・。歌手になりたいなんて、そんな気持ちが自分の中にあること自体が恥ずかしかったんです。田舎の人間って、夢かあるんですよ。でも、その夢はしょせん夢でしかないんです。実現するはずのない夢を抱き続けている自分が、なんかね、恥ずかしくって・・・・・」

そこで中澤は、自分がこのオーディションと本当に縁があるのか、ちょっとした賭けをしてみることにした。

81 :A.:2001/07/12(木) 14:43 ID:g9HGfTlw
オーディション会場は、家から近いとはいってもまったく行ったことのない場所で、距離的には歩いて20分ぐらいだとおおよその見当はついていた。ならば、時間に一切の余裕を持たず、オーディションが始まる20分前に家を出て、道に迷うことなく時間に間に合ったら、縁があったということでオーディションに挑戦してみよう。遅刻したら、縁がなかったと諦めよう。自他共に認める方向音痴という中澤は、自分の中でそんなルールを設けたのだ。

大阪オーディションの当日、中澤は自分で設けたルールに従い、受付開始のちょうど20分前に自宅を出た。

「そしたら、着いた。着いてしまった」

中澤は道に一切迷うことなく、時間ちょうどにオーディション会場に到着したのだった。

82 :A.:2001/07/12(木) 14:56 ID:g9HGfTlw
自分との賭けに勝利した中澤は、大阪オーディションの第1次書類審査、第2次の歌審査も突破。ASAYANの収録スタジオて行われるスタジオ歌審査に、他の大阪組13名と共に進出することが決定した。

番組スタッフからの大阪オーディション突破の知らせを、バイト先の店から自宅の留守電にかけて聞いたという中澤は、しばらく手の震えが止まらず、店の人が思わず心配するほどの状態であったという。そして、店の人の許可をもらって外に出た中澤は、すぐさま田舎の母親に連絡を入れた。

「ヤバイ。あたし、テレビに出ることになってしまった」

実家はもちろんのこと、会社の同僚やバイト先のお店の人、さらには毎日のように会っていた女友達にも、彼女はオーディションを受けたことは一切はなしていなかったのだ。

83 :A.:2001/07/12(木) 15:03 ID:v5qdFXU2
「でも、ASAYANの放送があった次の日に会社にいったら、後輩の子が『中澤さん、会社辞めるんですか?』っていってきて。テレビを見たみたいなんですよ。その時は、『辞めへんよぉ。これ以上いけるわけないやん』って答えてました」

事実この頃の中澤は自分がこれ以上勝ち進んでいけるとは考えていなかった。

「オーディションに残ったのは嬉しかったんですけど、自分の年齢がすごく気になってたから・・・・・。自信はなかったです」

84 :A.:2001/07/12(木) 15:22 ID:v5qdFXU2
まったく自信を持てずにいた中澤は、この頃、友人たちと行きつけの飲み屋で話し合うたびに涙を流していたという。23歳で初めて挑戦したオーディション・・・・・ 当時の彼女は不安と恥ずかしさで押し潰されてしまいそうになっていた。

しかし、そんな思いとは裏腹に、中澤はシヤ乱Qのメンバーによる2度にわたるVTRチェックも突破し、全国9900名の中から選ばれた最終候補者11名に名を連ねることになる。

3度目の、あまりに大きな脱出は、11分の1の確率で彼女の手に届くところまで近づいていた。

85 :A.:2001/07/12(木) 15:39 ID:v5qdFXU2
「小さな自信」



小学校6年生の冬、ある劇団のオーディションを受けた福田明日香は、自身の予想とは反対に、そのオーディションに見事合格した。

「小学校の時は、明かにイジメられやすい体質でした。みんなとあまりなじめなかったし、集団で何かいってこられたりすると弱かったし。なんか、ジメーッとした印象だったみたいですよ。それが、劇団のオーディションにたまたま受かって、ちょっとだけ自分に自信がついたんです」

わずかだが、でも確かに芽生えた自信を胸に中学校へと上がった福田には、塾や習い事を始めたこともあって、少しずつ友達が増え始めていた。

86 :A.:2001/07/12(木) 15:50 ID:v5qdFXU2
「小学校からの知り合いとかは、『福田さんって、こういう人だったんだ。なんか小学校の時は暗かったのにね』なんていってましたね。自分でも人と喋るのが楽しくなっていたし。こう、スコーン! と抜けた感じがありました」

小学校の時からASAYANのオーディションを受けたいとおもっていたという福田は、小さな自信を胸に、ついに初めてのオーディション挑戦を決意する。

「ASAYANでシヤ乱Qさんがロックについて語っているのを見て、『これだ!』って思っちゃったんですよね。今まで見てたものになかった、何かがあったんです。自分の中で、『これしかないな』みたいな」

87 :A.:2001/07/12(木) 18:13 ID:v5qdFXU2
『シャ乱Qロックヴーカリストオーディション』で過去最高の5千名が殺到した東京オーディション。会場のテレビ東京の外にできた長い列の中に、当時弱冠12歳だった福田の姿はあった。

この時、歌審査に立ちあっていた番組スタッフの一人は、相川七瀬の『Break Out』を歌う福田を見て、本当に中学1年生なのか? と思わず唸ってしまったという。それぐらい彼女の歌唱力にはレベルの高いものが感じられたし、そしてなによりもその歌いっぷりが実に堂々としていたのだ。

その点に関しては、彼女のVTRを初めて見たつんくも、「ホレる」と、真顔で感想をもらしたほどである。

また福田自身も、当時のアンケートの質問に答えて、自己PR・セールスポイントの欄に「なにか度胸の座ったところがあるので、あまりきんちょうしない」と、幼い字で書いている。

88 :A.:2001/07/12(木) 18:26 ID:v5qdFXU2
そして、第1次、第2次、スタジオ審査と、彼女は当然のように次々と難関をクリアしていった。

「他人に認められていくというのが嬉しかったんです。嬉しいってしうのはみんなそうだと思うんですけど、自分の歌はどんなもんか、やっぱりわからないじゃないですか。それが、ちゃんとした場でドンドン結果を出せていけたわけですから」

私の将来の夢はなんなのか? 小学校の卒業文集を書かなくてはいけない時に、改めてそのことを自分に問いかけてみたという福田。結局、自分の楽しみといったら音楽を聴くことと歌うこと以外に思いつかず、その時から「私には歌しかない」と思うようになったという。その歌が他人に認められたことが、彼女にとっては何よりも嬉しかったのだ。

89 :A.:2001/07/12(木) 18:35 ID:v5qdFXU2
だが、それだけではなかった。

「中学に入って、小学校の時と比べたら友達はずいぶん増えたんですけど、それでも学校ではやっぱり目立つポジションにはいませんでした。相変わらず影が薄かったんで、けっこう地味な生活をしていたんですよ。そんな中で、オーディションに次々と受かっていくことが密かな自分だけの楽しみになってた、というのも嬉しかった一つの要因だったと思います」

一つのキッカケで彼女の中に宿った小さな自信は、やがて大きな何かを生むことになる。

90 :A.:2001/07/12(木) 18:53 ID:v5qdFXU2
「再挑戦。再々挑戦」



彼女がASAYANのオーディションに挑戦するのはこれが2度目であった。1度目は『コムロギャルソン』時代、そして、『シャ乱Q女性ロックヴォーカリストオーディション』の札幌オーディションが2度目である。

『コムロギャルソン』当時、高校3年生だった石黒彩は札幌オーディションを勝ち抜き、スタジオ歌審査にまで進出している。

「あれはあれでいい思い出なんですけど、今振り返ってみて、とりあえずテレビに出る身体ではなかったな、とは思いますね」

91 :名無し娘。:2001/07/13(金) 01:58 ID:BhOELe82
age

92 :名無し娘。:2001/07/14(土) 06:35 ID:cWbLf8aQ
age

93 :A.:2001/07/14(土) 11:54 ID:x3emfnZM
今の石黒からはちょっと想像しにくいのだが、初めてASAYANに挑戦した時の彼女は、顔も体型も実にポッチャリとしていた。しかし、それからおよそ1年の月日が流れ、再びASAYANのオーディションに挑んだ当時短大1年生の石黒は、『コムロギャルソン』当時の彼女を知る番組スタッフでさえもその顔をよく思いだせないぐらいに、スリムに絞られた体型に変わっていた。

1度目の挑戦からおよそ7kgヤセていたのである。

「『コムロギャルソン』の時、テレビに出てる自分の姿を見て、『これはマズイな』と。それで、頑張ったし努力もしました。でも、グッと体重が落ちたのは、高校の卒業式前の休みの期間ですね。友達がみんな運転免許証を取りにいってたりしていて、遊び相手がいなかったんです。つまんなくて家でじーっとしてたら、いつの間にかヤセてました(笑)」

ヤセやすいのだが、その反面太りやすい。食べないでいるとすぐにヤセていくし、ちょっと食べるとみるみるうちに太ってしまう。自らの体質けについて石黒はそう語っている。また、時として精神的なものが体重に反映することもあるのだという。

94 :頑張れ:2001/07/14(土) 13:35 ID:8b2vn18w
大感謝!

95 :名無し:2001/07/14(土) 15:22 ID:gaqmeheM
この本一度読んでみたいなって思ってたんで感謝!!
超期待sage

96 :大河好き:2001/07/15(日) 09:13 ID:.vanIEqA
「バンドを始めたのは高2の時ですね。高1の誕生日にベースを買ってもらったんで最初のうちはベースを弾いていたんですけど、そのうち歌う方になってました」

石黒がいたバンドは、インディーズ時代の黒夢やLUNA SEA、L'Arc~en~Cielなどをコピーし、札幌市内のライブハウスにも出演していた。

「その頃の、ステージに立っている時の写真を見せたいっスよ」

バンド時代の自分の姿を思い出したのか、石黒は笑いながら当時のことを振り返り始めた。

97 :A.:2001/07/15(日) 09:23 ID:.vanIEqA
「この頃から私の性格が危うくなってくるんですよ。もう、ヘッドバウンキングが必要な感じのハードなのをやってたんで、化粧とかもすごかったです。私、化粧映えす顔なんで、恐ろしかったですよ。『あぶなーい!』って感じ(笑)」

そんな石黒が、『シャ乱Q女性ロックヴォーカリストオーディション』のロックという部分に強くひかれ、ASAYANへの再挑戦を決意したのは、当然といえばあまりに当然のなりゆきといえるだろう。

そして、彼女が足を運んだアートプラザホテル内の札幌オーディション会場には、1千人の参加者にまじって、3度目のASAYANに挑戦しょうとしていた一人の高校生の姿もあった。

98 :A.:2001/07/15(日) 09:31 ID:.vanIEqA
「幼稚園の時にはもう歌手になたいと思ってました。その頃に憧れてたのは中山美穂さんで、小学校に入ってからはWINKさん。歌を歌うのが好きだったし、幼稚園でも、『お歌うまいね』っていわれてたんです」

物心ついて間もない頃から歌手になるのが夢だったという飯田圭織は、小学校でエレクトーンを習い始め合唱団にも入団。中学校でも合唱部に在籍していた。とにかく歌うことが大好きで歌手になりたいと思い続けてきた飯田は、その日、3度目となるASAYANのオーディションに出向いていた。

99 :A.:2001/07/15(日) 09:40 ID:.vanIEqA
最初に受けたオーディションは書類審査で落選。

2度目はなんとか歌審査まで進むものの、「小室さん、彼女にしてください」というアピールもむなしく落選、スタジオ進出はならなかった。

「3回目のオーディションのと時は、前の日に家で練習を積んだんですよ。お母さんに歌を聴いてもらって。『あんたダメよそこが』とか、いろいろ注意してもらってたんです。けどそのうち、『わかんないくせに何いってんのよ』とかってケンカになっちゃいました(笑)」

100 :A.:2001/07/15(日) 09:54 ID:.vanIEqA
その日の夜、一緒にオーディションを受ける学校の女友達の家に泊まりに行った飯田は、ほんど眠らずに喋り明かしてしまったせいか目を腫らしたまま札幌オーディションの会場へとやって来ていた。

「前の2回は本当に自信がなかったんですけど、シャ乱Qさんのと時は、なんか隣に並んでいる人とかが、『あんたカワイイね』っていってきてくれたんですよ。あと、『事務所入ってんの?』とか聞かれたり。そんな感じだったから、一緒に受けに来た友達も、『圭織、いいとこまでいくんじゃない?』っていってました」

もしかしたら今度こそ受かるかもしれない。まわりの参加者や友人の言葉を受け、飯田は合格への淡い期待を募らせていた。

そして、その期待はやがてくっきりと色を帯びた、現実の出来事となる。

101 :名無し娘。:2001/07/15(日) 10:14 ID:2hf5xj3k
おおっっっ!!!!
先が気になるぞ

102 :A.:2001/07/15(日) 13:40 ID:.vanIEqA
「お父さんの夢」



石黒、そして飯田と共に札幌オーディションの会場には、室蘭からやってきた安倍なつみの姿もあった。そしてその手には、「1111」番という整理番号がしっかりと握り締められていた。

「整理番号をもらった時は、『おっ!』と思いましたよ。なんていい番号なんだ、って。あと、整理番号もそうなですけど、あのオーディションは印象深いことが本当にいろいろとあったんですよ。特に、室蘭から札幌に向かう車の中で聞いたお父さんの話しにはビックリしたというか、不思議な思いがしましたね・・・・・」

安倍の実家がある室蘭から札幌までの距離は約130km。オーディション当日、安倍の父親は娘。のために札幌まで車をはしらせた。それはおよそ3時間ほどの道のりであった。

そして、その道中、安倍の父親の口から今まで聞いたことのなかった意外な事実を聞くことになる。

103 :A.:2001/07/15(日) 16:46 ID:.vanIEqA
「『パパも昔オーディションを受けたことがあったんだよ』って急にそんな話になったんですよ。グランプリになれば映画に出られるっていう俳優さんのオーディションで、お父さんはどんどん勝ち抜いていったらしいんです。それで、最後の何人かまで残って東京でレッスンを受けることになったんだけど、頭に本を乗せて歩く練習とか、ストレッチとか、そういうのがお父さんはすごくつらかったらしくて、『結局逃げ出して室蘭に帰ってきてしまった』っていうんです。でも、『そのことを今となっては後悔している』って・・・・・。『だから、その分なっちには頑張ってほしい』っていってくれて。『パパは応援してるから』って・・・・・。そんな話をずーっとしくれて、すごく感動したのを覚えてます」

104 :A.:2001/07/15(日) 16:57 ID:.vanIEqA
オーディションの前日、安倍は歌の練習のために近くのカラオケボックスへ父親と一緒に行っている。明日歌う予定にしていたglobeの『FACE』を繰返し何回も歌い続ける娘に、父がこれといったアドバイスをすることはなかった。ただずっと腕を組んで娘の姿を見守っていたのだ。だが、ごくたまに、「よし、大丈夫だ、大丈夫だ」と力のこもった声で励ましてくれたという。

父は、若い頃の自分が果たせなかった夢を、我が子に託したかったのだろうか。

105 :A.:2001/07/15(日) 17:11 ID:.vanIEqA
福岡、大阪、東京、札幌の4ヶ所で行われたシャ乱Qオーディションの中で、全体のレベルが最も高いと言われた札幌オーディションからは、安倍、飯田、石黒を含む計8人がスタジオ審査への進出を決めた。

共に、北海道を出たのは中学の修学旅行の1回きりという安倍と飯田の2人は、初めての飛行機にとにかく大はしゃぎしていた。特に、番組スタッフから送られてくる東京行きの航空チケットの入った封筒を今も大事に取ってあるという安倍は、すっかり興奮しきっていた。

「もう嬉しくてしょうがなくて。初めて乗ったもんだから、ヘッドフォンとか濡れティッシュとか出ますよね、そういうのを全部持って帰りました。あと、『翼の王国』も(笑)もう、とにかく嬉しかったです」

こうしてASAYANの収録スタジオにやってきた札幌組8名は、スタジオ歌審査用の歌収録に臨んだ。

106 :A.:2001/07/15(日) 17:18 ID:.vanIEqA
そして、そのVTRをチェックしたシャ乱Qの面々から、飯田には「お嬢様スタイルで松たか子の『明日、春が来たら』を歌って欲しい」との発注が出され、シャ乱Qのまことに「眉毛がメッチャ怖い」といわれた石黒には「顔のイメージを変えてLe Coupleの『ひだまりの詩』を・・・・・」との発注が出された。

107 :A.:2001/07/15(日) 17:27 ID:.vanIEqA
そんな中、安倍のVTRをチェックしたシャ乱Qの面々は意外な結論を出す。メンバーを代表し、はたけがその結論を発表した。

「安倍ちゃんは、即決勝」

ASAYANのたいていのオーディションは、発注とVTRチェックを何度か繰り返す中で徐々に人数を絞り込んでいく形をとっている。この時のシャ乱Qオーディションも同様で、発注とチェックを繰り返していって各地から何人んずつの最終候補者を選び出し、そして、その中からデビューを果たす1名を選ぼうと予定していたのた。

108 :A.:2001/07/15(日) 17:32 ID:.vanIEqA
はたけがいった「決勝」とは最終候補入りを意味し、「即決勝」とは発注とチェックという段階をすっ飛ばして安倍を最終候補入りをさせるということであった。

全国で9900名が参加したシャ乱Qオーディションで、このような展開となったのは安倍なつみただ一人である。

109 :大河好き:2001/07/15(日) 19:09 ID:td3FG1IA
「怒涛のサバイバル合宿」



1997年の4月に募集告知の始まった『シャ乱Q女性ロックヴォーカリストオーディション』は、7月には各地から最終候補者が出揃い、いよいよ最後の絞り込みが行われる段階へと突入していった。全国9900名の中から選ばれた最終候補者は、札幌組の安倍なつみ、飯田圭織、石黒彩、大阪の中澤裕子、東京の福田明日香の5名を含む11名。彼女たちの中からとうとうデビューをつかむ1名が決定されることになったのだ。

だが、その選考に際し、つんくからこんな提案が出される。

「合宿をやりましょか」

つんくいわく、芸能界も一つのファミリー。その世界でやっていくためには実力だけでなく、協調性をもった人間性も必要。そこで、合宿という形で11名を共同生活をさせ、その辺りのチェックを行いたいというのだ。もちろん、こうした本当の狙いは11名には隠され、彼女たちには課題曲のマスターと、全員で一つのダンスを作り上げることが今回の合宿の目的であるとだけ伝えられた。

110 :大河好き:2001/07/15(日) 19:19 ID:td3FG1IA
最終候補者を乗せたマイクロバスが東京・練馬のある場所で停止する。

「一時的に停めてるだけだと思ったんです、道の確認でもしてるのかなって。そしたら、降りてっていわれて・・・・・。もう、ビックリでしたよ」

当時を振り返ってそう語った安倍だけでなく、そ時は11名全員が驚きの表情をみせた。なぜなら、マイクロバスが停まった場所がお寺だったからである。各自の人間性をみるには、規律正しい生活がベースにあった方がいいと、お寺が合宿地として選ばれていたのだった。

111 :A.:2001/07/15(日) 19:33 ID:td3FG1IA
こうして始まった最終候補者11名による『怒涛のサバイバル合宿』は、以下のようなタイムスケジュールのもとに行われた。

午前5時 起床

朝のおつとめ(読経)

本堂の掃除(本堂の隅々まで雑巾掛け)

朝食(自炊・班ごとの当番制)

午前 ダンスレッスン(3時間)

昼食(自炊・班ごとの当番制)

午後 ボイストレーニング(3時間)

夕方のおつとめ(読経)

午後7時 瞑想

夕食(自炊・班ごとの当番制)

銭湯・自由時間

午後10時 消灯

食事はすべて自炊でまかなう。禁酒禁煙はもちろんのこと、携帯電話・PHSもすべて没収された。

112 :A.:2001/07/15(日) 19:46 ID:td3FG1IA
「ホント、死ぬかと思いましたよ。人生の中であんなに必死になったことはないっていうぐらい頑張りましたから」

自らを「箱入り娘」と称する石黒は、4日間に及んだ合宿をそんな風に振り返った。

安倍もまた、話がこの合宿に及ぶと、いい思い出は何もないとでもいいたげな表情に変わった。

「ダンスレッスンをやったスタジオがとにかく暑くて。そもそもダンスをやるのは初体験だったし。ついていくのがいっぱいいっぱいで、つらかったです」

とにかく厳しく、つらかった合宿。その時のことを振り返る彼女たちは皆、一様にそんな感想を漏らした。

だが一方でこの合宿は、それまでの他の地区の候補者とはあまり会話を交わす機会のなかった彼女たちにとって、お互いのキャラクターを初めて知る場所ともなった。

113 :A.:2001/07/15(日) 19:59 ID:td3FG1IA
「なっちと圭織の2人はよく叱りましたね。みんなが食器の後片付けとかを一生懸命ゆってる時に、布団の上で寝てるんですよ(笑)。『あんたらもちゃんとしいや!』って怒って、『最近の子はどないなっとんのや?』ってブツブツいってました」

11名中最年長の中澤だけでなく、石黒も安倍と飯田の2人にはキレまくっていたという。

「うちらが座布団を片付けている横で、『ワーッ!』って座布団の山に突っ込んだりして遊んでるんですよ(笑)。洗い物をしてる時も後ろでぼんやり立ってたり。でも皿を洗ったら洗ったで100分の1ぐらいのスピードで、これがまた遅いんですよ」

114 :A.:2001/07/15(日) 20:21 ID:.vanIEqA
一方、中澤や石黒など年上の候補者から叱られまくっていた安倍は、合宿の時の彼女たち2人の印象をこう語った。

「裕ちゃんはホント怖かったです。大阪弁が慣れなくて・・・・。ずっと圭織と一緒だったんで、『怖いよ中澤さん。とりあえず片付けやろうか』とかいい合ってました。彩っぺはやっぱ鼻ピがきいてましたね。当時は自分の1コ上の先輩と話しするのもビビッてたぐらいなんで、いきなりあんなにたくさんの年上の人と一緒に生活するのなんて考えられなかったんです」

高校3年生の時に開けたという石黒の鼻ピアスは、室蘭からやって来た高校1年生の目には不良のアイテムとしか映らなかったようだ。

飯田の第一声もまた、「みんな怖かった」だった。

「お部屋にいると気まずいから、裕ちゃんが『どきぃや』っていってきて・・・・・。『邪魔や』って。本当に怖かったです」

大阪弁のせいもあったが、合宿の時の中澤はある種、威圧感のような空気を漂わせていた。それは、シャ乱Qプロデュースによるデビューをつかみ取ることへの強烈な意気込みの表れだったのだろうか。

115 :A.:2001/07/16(月) 03:56 ID:otkozHZI
age

116 :名無し娘。:2001/07/16(月) 04:13 ID:VKV6VIOA
age

117 :名無し娘。:2001/07/16(月) 07:29 ID:T4Gvv3iY
モー娘。投票ご協力お願い致します。
http://www.geocities.co.jp/MusicStar-Live/9257/

118 :A.:2001/07/16(月) 21:23 ID:vq4D94dc
「自分が選ばれる可能性はゼロだと思ってました。オーティションの時から、年齢のことばっかり気にしてましたから。11名の中に選ばれたのも、最年長の私がいることがテレビ的に面白いからなんだろうって、そんな風に思ってたんです。でも・・・・・だからといって、手を抜くといい風には返ってこないだろうから、まわりに気を使わずに思いっきりやろう、と。とにかく一生懸命にやることに意味があると思ってました」

当番制だった食事の準備や後片付けを、時には年下の候補者を叱りながらも懸命にこなしていったのは、何としてもデビューをつかみ取りたいという意気込みの表れではなく、これからの人生のために意味のある何かをつかみたい・・・・・ この時すでに24際になっていた中澤の、そんな固い決意の表れだったのだ。

119 :A.:2001/07/16(月) 21:35 ID:vq4D94dc
一方、中澤と12歳離れた最年少の福田は終始マイペースを貫いていた。みんなの輪の中に彼女の姿はなく、ヘッドフォンで課題曲のテープを聴きながら、一人、部屋の片隅で小さくなっていることがほとんどであった。

「合宿は、何も考えないようにしようって思ってました。なんていうんでしょうか、『あんまりムキにならない方がいい』とか、『自分は自分。変わらないようにしよう』といような気持ちで参加してたんで・・・・・。もちろんみんなとはなじめませんでした。なんかね、わたしの目にはみんなが珍しい人に見えたんです。いっぱい喋るんですよ。でも私は、なんでそんなに喋ることがあるんだろう? と思ってて・・・・・。必要以上には話さなかったですね」

120 :A.:2001/07/16(月) 21:44 ID:vq4D94dc
最終日、それまではメロディしかなく「ラララ」で練習を積んできた課題曲の歌詞が11名全員に配られたところで、最終候補者たちによる4日間に及んだサバイバル合宿は幕を閉じたのである。

そして、その日から3日後、今度はASAYANの収録スタジオに集まった11名は、合宿で練習した課題曲と全員で作り上げたダンスをお客さんの前で披露。さらにその流れで、シャ乱Qの面々による最初で最後の直接面談に臨んだ。

これで、長きにわたったオーディションの全行程が終了。あとは審査結果が出るのを待つばかりとなったのだ。

121 :A.:2001/07/16(月) 22:01 ID:vq4D94dc
「落選」



「あたしはクランプリは平家か石黒だと思ってました。札幌オーディションに出て来た時から、石黒のことは『この子ええなぁ』って思ってたんです。自分はない、と思ってたから、平家か石黒に違いないと・・・・・』

という中澤同様、ほとんどの候補者は「自分は受かるはずはない」と思っていた。だがただ一人安倍だけは少し違った。

「即決勝っていうのもあったし、正直いって、『いくかな?』という気持ちはあったんです。スタジオで発表を聞く時は、高校受検の合格発表以上に、今までにないぐらいドキドキしてて・・・・・」

そんな安倍の想いとは裏腹に、グランプリの発表のVTRは、シャ乱Qはたけの「・・・・・というわけで、平家充代いかがでしょうか?」という言葉と共に、「全国9900名が参加したシャ乱Q女性ロックヴォーカリストオーディション、その頂点に立ったのは平家充代、平家充代で大、大、大決定です!」というナレーションで締めくくられていた。

122 :名無しな娘。:2001/07/16(月) 22:02 ID:alwB0.Kw
明日香が脱退した頃、あまりの衝撃でこの本読めずにいたんだよね〜
そのうち店頭からなくなっちゃって困っていたよ(笑
とにかくさんきゅ、がんばれsage

123 :A.:2001/07/16(月) 22:11 ID:vq4D94dc
そう、安倍はもちろん、中澤の推してた石黒も、飯田も福田も、そして「可能性はゼロ」と踏んでいた最年長の中澤も落選したのだ。

「すごいショックで・・・・・。収録が終わった後すぐに泣いて、北海道に帰る飛行機の中でも、家に帰ってからも暗ーい部屋の中でずっと泣いてましたね・・・・・。もう、ドン底でした」

スタジオ収録終了後、落選が決まった5人は、それぞれカメラに向かって現在の心境をこんな風に語った。本当なら、これがASAYANでの最後のコメントである。

124 :A.:2001/07/16(月) 22:25 ID:vq4D94dc
「ちっちゃい頃からずっと歌が好きで、何時間歌っても飽きないんですよ。だから私には歌しかないなと思って。売れなくても自分が好きな音楽をやっていけたらって思ってます」(福田)

「とりあえず、今の生活からは抜け出したいんで・・・・・。 これからも、人生、冒険します」(中澤)

「ASAYANしかないから、オーディションって。だから、ASAYAN・・・・・また受けます」(安倍)

「やっと終わったって感じ・・・・・。(平家充代には)おめでとう、って。ホント、嬉しかったし」(飯田)

「歌も頑張ってたし、ダンスも頑張ってたし。平家さんは自分より全部上だったんで、認められます」(石黒)

この時の彼女たちは、数日後に再び東京に呼び出され重大な発表がなされることなどまったく知る由もなかった。

もちろん、その後に「モーニング娘」という名でデビューを果たすことになろうとは、想像できるはずもなかった。











125 :A. :2001/07/17(火) 20:36 ID:jYObKj6w

第2章 敗者復活。1997・秋



「モーニング娘。第1日目」



グランプリが平家充代に大決定したスタジオ収録から6日後の8月20日、福田明日香は営団地下鉄の千代田線に乗り、ASAYANのスタッフルームがある赤坂に向かっていた。

彼女は、何があるとは聞かされずに、番組スタッフから呼び出されたのだ。

「最終候補の11人中、平家さんを除いた10人全員が呼ばれてるんだろうなと思ってたんですけど、行ったら椅子は5つしか並んでなくて・・・・・」

そしてその前には、シャ乱Qの面々と和田薫マネージャーがいた。「いったい何が始まるんだろう?」と、けげんな表情を浮かべる中学1年生の福田に対して、シャ乱Qのメンバーたちが「早く、取った物を出しなさい!」「今日はお話し会だから」などとからかう。

126 :A. :2001/07/17(火) 20:49 ID:jYObKj6w
間もなく、福田に続いて2番目にやって来たのは中澤裕子だった。まずシャ乱Qの面々を見て驚き、そして福田と軽く会釈を交わした中澤。6日前のスタジオ収録の時と比べ、明かにその肌は日焼けしていた。そのことをシャ乱Qの面々から指摘された彼女は、「もう何もないと思ったから・・・・・」と、力ない声で答えている。

「実は、徳島の海に行ってたんです。友達とか友達夫婦とかと泊まりがけで。みんなが私のために残念会をやってくれるっていうから」

ASAYANの取材VTRにも出てきたことのあるいちばん仲の良い女友達を中心に、最終候補まで残りながら惜しくも落選した中澤を励まそうと、急遽、残念会をかねた小旅行が計画された。一行がやって来たのは徳島のとある海岸。ここでキャンプを張り、久しぶりに語り明かす予定だったのた。

127 :A. :2001/07/17(火) 20:56 ID:jYObKj6w
「でも、ちょうど目的地に着いたところで携帯が鳴って。それがASAYANのスタッフからの電話だったんです。何があるかはいえないけど、今度の20日に東京に来てくれ、っていわれて・・・・・。そのことをみんなに話したら、『何があるかわからへんとはいえ、とりあえず良かったやん』って話しになって、残念会が急遽、良かったね会に変わったんですよ」

128 :A. :2001/07/17(火) 21:11 ID:jYObKj6w
そして、次にやって来たのは安倍なつみだった。カバンをたすきがけにした学校帰りの小学生のようなスタイルでやって来た彼女もまた、驚きで一瞬、目が点になっていまう。

「『なんだべ、これは?』って思って(笑)。そしたらシャ乱Qさんたちから、『あれ持って来た? え、ウソ、持って来てないの?』とか、からかわれて。そしたら、しばらくして次に圭織が来たんてすよ。お互い目が合った時、『あれっ!』って、ちょっと気まずい感じになりましたね」

実は彼女たちに電話連絡をした時、番組スタッフは「東京に呼ばれたことを他の参加者には絶対にいわないでおいてほしい」と口止めをお願いしていた。そのため、安倍と飯田はお互い電話で連絡を取り合いながらも、東京に呼ばれたことだけは2人とも絶対に喋らないでいたのだ。

129 :A. :2001/07/17(火) 21:19 ID:jYObKj6w
「スタジオ収録の後、なっちと圭織で、『もしこの後に何かあったらお互い教え合おうね』って約束してたんですよ。でも、スタッフから連絡を受けた後は圭織と電話で話してても、『やっぱり何もないよね? しょうがないね』とか、絶対に本当のことを喋らなかったんてす、どっちも。そしたら、スタッフルームに圭織も入って来て・・・・・そりゃ、お互いに気まずかったですよ(笑)。でも、次に彩っぺか来るのは圭織から聞いて知っていましたよ」

130 :名無し娘. :2001/07/18(水) 12:19 ID:AV3H3.02
やはり予想通りしたたかだな。ま、人間そんなもんだ。
でも約束を守り通しただけともいえるがな

131 :名無し娘。:2001/07/18(水) 23:01 ID:ew4.ypGM
・寺合宿での安倍飯田は、まるで今の辻加護みたい。
・しょっぱなっからドッキリ仕掛けたりして、おもちゃにされてたのね。
 それが今の祭り娘にまでつながってるんだね・・・。
      勉強になりました。

132 :A.:2001/07/19(木) 11:11 ID:RZv4bmSg
>>130 >>131 この本を書き写してして気がついたけど、今までちゃんとこの本を自分は読んでなかったみたいです。

今さら気づいた事が多いことおおいこと・・・・・

133 :A.:2001/07/19(木) 11:28 ID:RZv4bmSg
6日前のスタジオで石黒も安倍、飯田の2人と、「何かあったら連絡を取り合おう」と約束を交わしていた。だから、飯田から電話があった時、石黒は約束通り東京に呼ばれていることを伝えていたのだ。

「いやぁ、世の中ウソつきが多いんだなって思いましたよ(笑)。私、ウソとか隠し事が大嫌いだし、先にした約束の方を守るタイプなんです。圭織なんて電話で、『いいなぁ彩っぺ。よかったね』とかいってたんですよ(笑)」

そんな石黒は、落選からこの6日間のうちに、次なるチャンスに向けて早くも動き出してた。

「合宿でダンスができなかったから、ダンスのレッスンを受けられる所を探し始めてました。それと、バンドで『ティーンズ・フェスティバル』の地区大会に向けて曲も作ろうとしてましたね。あと、悔しいから毎日走ってましたよ」

多少の気まずさに包まれながらも、6日ぶりに再会を果たした5人。いったいこれから何があるのか、5人は尋常でない不安に包まれていた。

134 :A.:2001/07/19(木) 13:18 ID:TUxeK4bU
そして、そんな彼女たちを前に、つんくは自らの笑顔を振り払い、とうとうこの再召集の本当の目的を話し始めたのだ。

「ここに集まってもらったみなさんというのは、このままさよならするにはちょっと惜しいのではないかと選抜した5名です。もしやる気があれば、この先、少しずつ未来に向かって頑張れるんじゃないかと・・・・・。即デビューとかじゃないんですが、きっとユニットになるんじゃないかと思ってます」

ユニット・・・・・。

つんくの口からその言葉が出た瞬間こそ、『モーニング娘。』誕生の記念すべき瞬間といえるのではないだろうか。

135 :A.:2001/07/19(木) 13:34 ID:TUxeK4bU
しかし、このユニットが世にでるためには、一つの過酷な条件をクリアしなければならなかった。

「目標としては、一日に一万枚売れるようなアーチストにたどり着いてもらえれば、次のステップに進めるんじゃないかな、と。5人いるんで、5日間で・・・・・ 5万枚・・・・・」

つんくが彼女たちに課したメジャーデビューのための条件とは、オリジナルのインディーズCD5万枚を、1日に1万枚、つまり5日間で完売するというものであった。トップアーティストであっても、1日平均1万枚を売りさばくのは決してたやすいことではない。それを、彼女たちに成し遂げてみろというのである。誰の目にも無謀かつ非情な条件に思えた。

だが、この日召集された5人はあくまでもグランプリを逃した落選組。そう簡単にメジャーデビューできたのでは、誰も納得しないだろう。だからこそつんくは、彼女たちにあえて厳しい条件を提示したのだ。

136 :A.:2001/07/19(木) 15:32 ID:RZv4bmSg
このあまりに過酷な条件を突き付けられた5人は、のるかそるか、その場で意志確認を迫られる。

「何でもやります」
福田明日香は笑顔でそう答えた。

「24年間培ってきた何かを捨てなければならいかもしれない」と、つんくに問い詰められた中澤ははっきりとした口調で即答した。

「捨てます」

安倍、そして飯田も意気込みを言葉にする。
「頑張ります」
「いざとなったら学校辞めます」

最後の石黒は、5人の中で最も落ち着いた口調でいった。
「頑張ります」

全員が並々ならぬやる気を口にした。だが・・・・・。

「正直いって、やってけないなって思いました」

つんくの前では意気込みを見せた安倍であったが、本心は逆だったようだ。メンバーの中で、当時心置きなく話せたのは飯田だけ。この5人で本当にやっていけるのか・・・・・ それがいちばん不安だったという。

137 :ちこりーた。:2001/07/19(木) 15:44 ID:sfcKu6hM
ふーん

138 :名無し娘。:2001/07/19(木) 17:13 ID:ul.cZOug
この本読んでいなかったのでいつも楽しみにしています。
頑張って下さい。

139 :A.:2001/07/19(木) 17:18 ID:TUxeK4bU
意気込みをみせたかったから「学校辞めます」とまでいったという飯田は、安倍同様、この5人でやっていけるのか心配だったとしながら、自分自身に対しても大きな不安を抱いていた。

かおりんは本当は目立ちたがりなんですよ。メッチャ目立ちたいけど、合宿とかでも印象が薄かったし、5人の中で自分がいちばん地味だとわかってたから・・・・・。学校の友達にも、そんな風にいわれてたんですよ。だから自分に自信が持てなかったんです、あの頃は」

中澤の心には、相反する2つの想いが同居していた。

「『やります』とはいったものの、一方で、『やります』って返事して本当に良かったんかなぁと思う自分もいたんですよ。24歳でこんな勝負に出るのは本当は間違いかもしれないな、とか思ってて。不安だった、すべてが・・・・・」

その不安を打ち消すためなのか、その日の夜、中澤は宿泊していたホテルの部屋で石黒と延々語り合っていた。

「『できると思うかぁ?』『無理じゃないの・・・・・』『辞めるかぁ?』『いや、やる』とか、朝までずっと話してました。あたしはビールを飲みながら。最終的には、『ほな頑張ろうや』って話になりましたけど」

一度は諦めたデビューが現実のものとなるチャンスが、この日再び彼女たちの前に現れた。だがそこには、果てしなく高い壁が立ちはだかっていたのだ。

不安だけが渦巻く中。『モーニング娘。』の実質的な第1日目は過ぎ去っていた。

140 :A.:2001/07/19(木) 17:54 ID:TUxeK4bU
「全国PRの日々」



その日つんくは、東京お台場にあるフジテレビの楽屋でASAYANのスタッフとの打ち合せに臨んでいた。

5人組みのユニット名を決めるための打ち合せである。

「なんか、親しみのある感じがいい」と、楽屋の畳に座り込んだつんくは、悩んでは一つ案を言ってまた悩む、そんなことを繰り返す中で彼女たちのユニット名を少しずつ絞り出していった。

「たこ焼きシスターズ」

「朝定食」

「バイキング。これぐらいパンチがあってもええんちゃうん?」

「それをもっと軽くして・・・・・ モーニング。トーストにコーヒー、ゆで卵までついとんねん。コーヒーだけでええのにサラダまでついてきよんねん。反対にトーストが食いたいのにコーヒーも飲まなアカンねん」

つんくは、「親しみがある」というニュアンスと近いと考えたのか、「モーニング」という言葉にこだわりを見せる。

「モーニングサービス!」

「モーニング5!」

そして打ち合せから2時間が過ぎようとしていた頃、ついにその名前がつんくの口から飛び出す。

「モーニング娘・・・・・」

何かしらの手応えを感じたのか、つんくの表情に笑みが広がる。

「モーニング娘、ええんちゃう。説得力あるよ、意外と」

つんくの笑みに白い歯が加わる。

「・・・・・大決定や」

141 :A.:2001/07/19(木) 19:38 ID:RZv4bmSg
こうして決まった「モーニング娘」というユニット名は、その後スタジオでナインティーナインの矢部が「。」もユニット名の一部であると独断で決め、正式名「モーニング娘。」と大決定したのだった。

このユニット名にスタジオの観客からは笑いが漏れ、「。も漢字も入ってお得」と即座にこの名前を気に入った福田を除くメンバーからも、苦笑に満ちた複雑な笑みがこぼれた。

同様の反応は、5万枚完売を目指す彼女たちのオリジナルCDのタイトル『愛の種』が発表された時にも起こった。

『モーニング娘。』の面々は早速、この『愛の種』のレコーディングに入った。もちろん、5人にとってレコーディングは生まれて初めての体験。全国9900名中、11名にまで残った彼女たちとはいえ、慣れないレコーディングブースの中では、そう簡単にうまく歌えるものではない。

中でも中澤裕子は、自分よりも年下のメンバーがなんとかレコーディングをこなしていく中、一人だけ大きく遅れをとっていた。

「なんであたしが選ばれたのかわからなくなった。あたしじゃなくても、他にもっといたでしょうって・・・・・。そんなことばかり考えてました」

何度歌ってもOKが出ない。何がいけないのかわからない。中澤は、明かに混乱していた。

そして彼女は、業を煮やした番組プロデューサーからレコーディングスタジオの廊下に呼びだされ、衝撃の宣告を受けることになる。

「このままでは、最悪ソロがなくなることもあるから・・・・・」

さらに、『愛の種』のジャケット写真をチェックした和田マネージャーからも、中澤一人だけ撮り直しがいい渡されてしまう。

つねに自分の年齢のことを気にしていたという中澤にとって、番組プロデューサーと和田マネージャーからの容赦のない宣告は、心に深く突きささるものであった。

142 :名無し娘。:2001/07/19(木) 19:55 ID:Zh.p/.DY
合宿について「もうひとりの明日香」P48より。

みんなはね、合宿、楽しそうでしたよー。緊張感とか
ピリピリした雰囲気は、実は全然なくって。

143 :名無し娘。:2001/07/19(木) 20:19 ID:D50wbDmU
http://www.interq.or.jp/nurse/yuka/idol/index.html
ここだ

144 :名無し娘。:2001/07/19(木) 21:27 ID:YphakJ/A
優良スレage

145 :大河好き:2001/07/19(木) 22:17 ID:RZv4bmSg
>>142 そうか ASAYANなどでは明日香は合宿では常に孤独であった、みたいな映像しか流れてこなかったから、合宿はつらいんだろうなー、と疑問も持たずにみていたが、実際はそんな人間関係でピリピリしたものでもなかったのね

146 :A.:2001/07/19(木) 22:35 ID:RZv4bmSg
「完全な鬱状態に入っていた」という中澤はこの時、自分が置かれている最悪の状態を脱するためにある決断をする。

それは、24年間短くしたことがなかったという自らの髪を、バッサリと切り落とすことであった。

「これで気分が変わるんだったらいいかって思って。『愛の種』がそういう歌詞だったというのもあったし。でも、切って良かったと心から思えたのは、のちのちです」

こうして気分転換を図った中澤は、レコーディングもジャケット写真の撮り直しもなんとか乗り切り、無事に終えることができたのだ。

そして、ついに完成した『モーニング娘。』の初のCD『愛の種』をメンバー全員で試聴。他のメンバーにはたくさんのソロパートがあったが、中澤だけはたった2ヶ所しかソロはなかった。試聴直後、中澤は号泣した。冷たい現実を突き付けられ、その哀しさと悔しさから、思わず涙がこぼれてしまったのだろうか。

「最悪ソロは1ヶ所もないっていわれてたから、嬉しかったんです。あれは哀しい涙じゃないんです。2回もソロがあったという嬉し涙だった・・・・・」

147 :名無し娘。:2001/07/20(金) 09:26 ID:wWFyZdqk
中沢って儀式的な事すきだよね。
髪切ったり、会場に20分前丁度に付いたら運があるってことだわ。とか。
なんか面白い人だよね。

148 :名無し娘。:2001/07/20(金) 17:48 ID:8o7YW.TQ
>>147
自分の決断力に自信がないのだろう。
だから誰か他のもの(人間でないもの含む)に決めてもらうか後押しして欲しいのだと
思われ。

149 :名無し娘。:2001/07/22(日) 12:07 ID:8rsScxpE
保全

150 :A.:2001/07/22(日) 23:12 ID:RljoADX.
>>149 ありがと 助かった

151 :A.:2001/07/22(日) 23:22 ID:RljoADX.
そんな中、「5日間で5万枚」の販売スケジュールが発表された。

11月3日 大阪

11月9日 福岡

11月24日 札幌

11月30日 名古屋

12月7日 東京

1発目は中澤の地元、大阪であった。

「1ヶ所で1万枚って計算ですよね、最初にコケたらつらいじゃないですか。次は福岡で、メンバーの中には九州出身は一人もいなかったし。すごいプレッシャーだったですよ。だって、もし私がテレビ見てて【モーニング娘。】のことを応援してたとしても、果たして買いに行くだろうかって思って。行かないんじゃないかと。だから、1万枚なんて絶対に売れないと思ってました」

152 :A.:2001/07/22(日) 23:32 ID:RljoADX.
しかし、5万枚すべてを売らなければ5人に明るい未来は訪れない。お客さんに集まってもらうためには、そしてCDを買ってもらうためには、自分たちは今、何をどうすべきなのか。

悩める5人を救ったのは、つんくの言葉だった。

「一人でも多くの人に聴いてもらう。認知してもらう」

そのためにはいったいどうすれば良いのか。彼女たちは考えあぐねた末に、あることを番組スタッフに申し出た。

彼女たちは一人でも多くの人に『愛の種』を聴いてもらうために、そして【モーニング娘。】の存在を知ってもらうために、CDの発売が行われる場所へPR活動に出たいと申し出たのだ。

153 :名無し娘。:2001/07/23(月) 19:44 ID:4ySWnIUQ
前から読みたいと思ってた。感謝hozen
転載メーラー何とか君にやらせたら、一生終わらないね。

154 :A.:2001/07/24(火) 00:04 ID:iNAdYwTg
お世話になる各地のレコード店をまわり、ポスターを貼らせてもらった。

ゆうせんの放送所をまわり、リクエストの空き時間があれば『愛の種』をかけてもらえないかお願いした。

手作りのプレートとのぼりを手に街を練り歩いた。

中澤は大阪の某大学を訪れ、販売日前日に行われる学園祭に『モーニング娘。』を出演させてもらえないか交渉した。

飯田は見知らぬ家々を訪ね歩いて手製のビラを配った。

安倍は室蘭市長に面会する機会を得て、協力を要請した。

石黒は高校の卒業名簿を使って旧友たちに片っ端から手紙を書いた。

全員で各地方のラジオやテレビ生放送番組に出演した。

このように5人は、自分たちができうる最大限のキャンペーン活動を全国各地で繰り広げていったのである。

155 :A.:2001/07/24(火) 00:19 ID:iNAdYwTg
しかしその一方で、彼女たちの中に、急造されたユニットであるがゆえの問題が沸き上がりつつあったのも事実であった。元はといえばライバル同士。彼女たちは人間関係の難しさに揺れていた。

「私は、必要以上のことは全然喋らなかったんですよ。挨拶とか、普通の会話はしてましたよ。でも、みんなよく喋るんですよ。それについていけなかったですね。4人と1人というか、けっこう時間かかりましたよ、なじめるようになるまでには」

そんな福田と当時まったく合わなかったというのが飯田であるる

「本当に合わなかったです。かおりんはその頃、メッチャ気を使って人に合わせようとしてたんです。裕ちゃんを怒らせないようにしょうとか、彩っぺにムカつかれないようにしようとか。話しかけると2人は何か返してくれたんです。でも、明日香だけはかおりんが頑張って話しかけてもなかなか返ってこないんですよ。『あ、うん・・・・・』とぐらいしか」

156 :名無し娘。:2001/07/24(火) 00:23 ID:w2IhC6vc
中澤はこの本のネタを小出しして
芸能活動してる。今後モー娘。
メンバー脱退して、この本のネタ
を小出ししながら、芸能活動していく
気がする。後藤・石川・吉澤・辻・加護
以外のメンバーは。

157 :名無し娘。:2001/07/24(火) 00:33 ID:0XLUR27g
>>156
つーかね、オリメンのやったことばっかり美談として表に出てるけど
それってかなりうざいよ。
一次追加メンにしても後藤の時にしても三次の連中にしても
それなりの苦労があったし、それは今もあるはずでそんな事を
ネタになんかしたってしゃーない。こっちも知りたくない。
彼女らが頑張らなきゃならんのはむしろこれから。

過去を振り返るのはオバハンになってからで充分じゃ(w

158 :名無し娘。:2001/07/24(火) 01:02 ID:E80OxMPU
俺は別にオリメンに思い入れはないよ。辻ファンだ。
しかし、オリメンと追加メンには天と地ほどの違いがあることはわかるぞ。

モ娘。結成時のことを考えてみろ。
何の保証もない世界へ今までの自分を捨てて飛び込んだんだ。
スーパースター集団に後から加わろうとするのとは違う。
太平洋に手作りヨットで出て行くのと、
クイーンエリザベス二世号で出て行くくらいの違いがある。

159 :>156:2001/07/24(火) 01:08 ID:UaR11Loo
中澤が今そのへんの話をするのは番組的に求められてるからだろ。

オタは知ってるだろうが、「メレンゲの気持ち」とか見るような
フツーの人は知らないんだからさ、視聴者にとっては
卒業した元リーダーが出演→実際どうやったの?
ってニーズが当然あるだろ?

160 :名無し娘。:2001/07/24(火) 02:38 ID:dWiHsdh2
ヤフーに書いてあったんだが、5人が呼ばれたとき、
北海道組は鉢合わせしないように1時間ごとに別々の便に乗せられ、
羽田から東京吉本のビルに連行されたそうだ。
5人それぞれ同じビルの別々の部屋で待機させられ、
1人ずつ50Mほど離れたアサヤンのスタッフルームに行った。
アサヤンのてのひらの上で踊っていたわけだな。

161 :名無し娘。:2001/07/24(火) 06:53 ID:dnE2y28I
aggee

162 :名無し娘。:2001/07/24(火) 20:24 ID:dLjE21B6
>>158
ましてや当初メンバーは「ワンモア・チャンス」組だし。

163 :A.:2001/07/24(火) 21:13 ID:g.NcOlMA
東京、大阪、北海道と出身地はバラバラ。年齢も、最年長の中澤が当時24歳で福田が12歳と、大きな隔たりがあった。

「石黒さんとかは気を使ってくれて『トイレ行くけど一緒に行く?』とかいってくれるんだけど、私は『行かない』って答えてました。私にしたら普通に答えてたつもりなんだけど、彩っぺからしたら、『なんだこの中学生は?』って思ってたんじゃないかと思うんです」

当初、5人の中でひときわ浮いた存在だったという福田。

しかし時を同じくして、福田は学校生活においても問題を抱えていた。ちょうど5万枚完売に向けて全国キャンペーンに出ていた頃のことである。

164 :A.:2001/07/24(火) 21:29 ID:iNAdYwTg
「モーニング娘。と学校」



「あれは2泊3日でキャンペーンに行く前の日のことでしたね。下駄箱で靴を履いてたら3年生の先輩に、『ちょっと来てくんない』っていわれて・・・・・」

『愛の種』完売のために全国をPR活動で飛び回る毎日を送りながら、学校では中間テストに臨んでいた福田。そんなある日テストの終了後、彼女は2つ年上の先輩に呼び出された。

「その時、髪の毛を茶色に染めてたんですよね。で、呼び出されたんで行ってみると、3年生、4人か5人ぐらいに囲まれて、髪の毛のことを指摘されました。『調子に乗ってんじゃないの?』という風に。どうやら同じ学年の子が『あいつ最近、調子に乗ってんですよ』って先輩に報告したらしいんです。それで、『明日黒くしてこい』っていわれて・・・・・」

しかし、翌日からはキャンペーンに行かねばならず、髪を黒く戻す時間は彼女にはなかった。

165 :A.:2001/07/24(火) 21:44 ID:iNAdYwTg
「そのままの髪で学校に行ったら、また呼び出されて。その時は殴られそうになったんですけど、たまたま先生が来てくれて助かりました。でも、そういうことがその後も2、3回ありました。今から考えると、なんか、つらかったですね」

めったに口に出さない「つらい」という言葉で当時を振り返った福田。この頃の彼女は、学校にいても、『モーニング娘。』として活動していても、しっくりこない自分がいることを感じていたという。

「最初は学校の友達も応援してくれてたんですけど、そのうち、なんか遠い存在の人って感じ始めたみたいで・・・・・。遠くに行っちゃったな、みたいな。みんながそう思うのもしょうがないなとは思ったんですけど、孤独は感じましたね」

『モーニング娘。』と学校・・・・・。この2つの間で揺れ動いていたのは、なにも最年少の彼女だけではなかった。

166 :A.:2001/07/24(火) 22:00 ID:iNAdYwTg
その頃、短大に通っていた石黒は大きな決断を迫られていた。学校をとるか、『モーニング娘。』をとるか・・・・・。彼女はその二者択一に揺れていたのだ。

「5万枚完売の決着がつくまでは学校と『モーニング娘。』を両立させていこうと思ったんです。でも実際は、『モーニング娘。』の活動で短大を休まなきゃいけない日もあるじゃないですか。当然、先生は納得しないわけですよ。どっちが本当に大切か真剣に考えてみなさい、って反対されました」

自分で作ったウェディングドレスを着て結婚したい。そんな想いから石黒は服飾系の学科に通っていた。

「親は私が学校に通いやすいようにって引越しまでしてくれたんです。入学金だって払ってもらったし、ミシンもローンで買ってもらってたし・・・・・。それなのに、ASAYANのオーディションに出だした1学期の終わり頃から短大にはあまり行けなくなってたんです」

167 :名無し娘。:2001/07/26(木) 00:25 ID:ZigYE/uw
保全

168 :A.:2001/07/26(木) 22:04 ID:tnk.4S8s
保全

169 :名無し娘。:2001/07/27(金) 01:40 ID:Xicti032
感謝! ただ感謝!

170 :名無し娘。:2001/07/28(土) 01:43 ID:Df7qkE0I
hozen

171 :名無し娘。:2001/07/28(土) 08:42 ID:EdD4Gjl6
>>158 の言うとおり。
ラブマ以降のファンで、少なくともHP立ち上げているような奴が、
ラブマ以前のことを知らない、知ろうとしないのはまちがっている。

脚色されている部分も多いかもしれないが、
まずこの本と「もうひとりの明日香」は読むべきだろう。

172 :名無し娘。:2001/07/29(日) 23:59 ID:Lyq1Plzc
hozem

173 :A.:2001/07/30(月) 23:59 ID:Zg0UBMq.
石黒は、本当は学校を辞めてでも、『モーニング娘。』の活動に専念したかった。だが彼女には、引越しまでしてくれた親に対して申し訳ないという思いもあった。だから何とか両立できる道はないものか、短大を辞めずに済む方法はないものかと思い悩んでいたのだ。

「学校を休むっていったら、先生にまた反対されて。そんな時にうちの親が、『あんたが中途半端な状態だから先生はわからないのよ。どれだけ本気か伝わらないから先生は反対するんだから』っていってくれて・・・・・。それで、自分の中で辞める決心がついたんです」

こうして石黒は短大に退学届けを提出し、『モーニング娘。』の活動に専念することになった。それは、間もなく5万枚完売への挑戦が始まろうとていた頃であった。

174 :名無し娘。:2001/07/31(火) 00:17 ID:FnGFzGa2
あはは〜、あれほど言ったのに、まだそんなカキコするですか〜。
もう許しませんです〜 あなたを許すわけにはいきませんです〜。
こんなカキコでレスたくさん付くとでも思ってるなんて〜
頭おかしーよです〜あはは〜。あなたみたいなバカ初めて見たです〜
あんたみたいなバカ、ゴキブリ以下です〜あはは〜。
あんたみたいなバカ、ウジ虫以下です〜死んでほしーです〜あはは〜。
つーか、死ぬべきです〜。あなたは絶対に許されないです〜。あはは〜。
勘違いしたお馬鹿さんを許すわけにはいきません〜、あはは〜。
面白半分にいい加減なカキコする殿方など許しませんです〜。
キャラメルコーンのピーナッツをでん部の穴に詰めて死んでです〜。
今まであなたがどんな生き方してきたか知りませんけど〜
それでも足りないくらいです〜豆腐の角に頭ぶつけて〜
死んで欲しいです〜あはは〜、あはは〜です〜。
あなたもっと現実を知れよです〜。いつまでも引きこもって〜
ネクラなことしてる場合じゃないですよ〜。でももう手遅れですね〜。
あなたは何をやってもダメですよ〜あはは〜。
この世に生まれてきたことを後悔してもダメですよ、あはは〜。
あなたは生まれ変わってもどうせダメ人間に決まってるんです〜。
絞め殺したいですけどあなたに触るのが嫌なのでやめますね〜あはは〜。
でも、あなたみたいなカスは死んでくださいね〜あはは〜。
風呂の排水口に吸い込まれて死んでくださいね〜あはは〜。
絶対許しませんよ〜あはは〜。絶対許しませんよ〜あはは〜。
絶対許しませんよ〜あはは〜。絶対許しませんよ〜あはは〜。
あなたみたいな人は絶対許さないです〜早く消えろです〜。
さっさとこの世からいなってくださいね〜あはは〜。
いつまでも勘違いしたまま生きていけると思ったら〜
大間違いなんですよ〜あはは〜。
このまま生きててもあなたにはいーことなんにもないですよ〜。
何でもいいですからさっさと死んじゃってくださいね〜。
あはは〜。あはは〜。あはは〜。

175 :A. :2001/07/31(火) 10:24 ID:x2xAVG/k
今の石黒からはちょっと想像しにくいのだが、初めてASAYANに挑戦した時の彼女は、顔も体型も実にポッチャリとしていた。しかし、それからおよそ1年の月日が流れ、再びASAYANのオーディションに挑んだ当時短大1年生の石黒は、『コムロギャルソン』当時の彼女を知る番組スタッフでさえもその顔をよく思いだせないぐらいに、スリムに絞られた体型に変わっていた。

1度目の挑戦からおよそ7kgヤセていたのである。

「『コムロギャルソン』の時、テレビに出てる自分の姿を見て、『これはマズイな』と。それで、頑張ったし努力もしました。でも、グッと体重が落ちたのは、高校の卒業式前の休みの期間ですね。友達がみんな運転免許証を取りにいってたりしていて、遊び相手がいなかったんです。つまんなくて家でじーっとしてたら、いつの間にかヤセてました(笑)」

ヤセやすいのだが、その反面太りやすい。食べないでいるとすぐにヤセていくし、ちょっと食べるとみるみるうちに太ってしまう。自らの体質けについて石黒はそう語っている。また、時として精神的なものが体重に反映することもあるのだという。

176 :名無し娘。:2001/07/31(火) 13:20 ID:KGo4762s
age

177 :A.:2001/07/31(火) 16:25 ID:kCAyWv9M
「ライバル→団結」



11月3日、『モーニング娘。』の面々は自分たちのメジャーデビューをかけた最初の闘いに挑んだ。

「1発目では絶対にコケたくなかった」という中澤の地元、大阪にはいったいどれぐらいの人が集まってくれるのか。『モーニング娘。』の5人はもちろんのこと、番組スタッフですらまったく見当がついていなかった。1万枚を売り切るどころか、最悪の事態もありえる・・・・・ 朝、会場のHMV心斎橋店に向かうメンバーとスタッフは、共に巨大な不安に包まれていた。

しかしその不安は、スタッフに関してだけはすぐ吹き飛ぶことになる。5人を裏口から会場入りさせたスタッフは、その直後、会場の表で信じられない光景を目にしたのである。

会場前には早くも長蛇の列ができていた。

時間の経過と共にその列はさらに伸びていき、発売開始直前にはおよそ1.5kmにもなっていた。それは、地下鉄の心斎橋駅からなんば駅まで、つまり駅1区画分もの長さに及んだのだ。

178 :名無し募集中。。。 :2001/08/01(水) 18:09 ID:PWvNDMe2
>>177
そうそう俺このとき並んだんだよ。

179 :保田圭:2001/08/01(水) 18:12 ID:UToTRmd2

             / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
      ∧_∧   <  知らないわよ!
     ( `.∀´)  \________
    /     \
   / /\   / ̄\
 _| ̄ ̄ \ /  ヽ \_
 \ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ \__)
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180 :A.:2001/08/02(木) 20:36 ID:sVVO69S2
発売開始と共に凄まじい勢いでなだれ込んでくる人の波。【モーニング娘。】の面々は驚いている暇もないくらいに、次から次へとCDを手売りしていかなければならないほどであった。

途中、あまりにも人が集まり過ぎたため、周辺の店舗から苦情が殺到。やむを得ず、予定の終了時刻を迎える前に販売を中止し、会場を閉めなくてはならなかった。このような事態もまったくの予想外てあったが、この日の売上げはそれ以上に予想を上回るものであった。

1万6610枚。

たった一日で、しかも途中で販売を中止したにもかかわらず、5万枚のおよそ3分の1にあたる枚数が売れてしまったのである。

「すごい嬉しかったです。会社の人も、誰にも会えなかったから来てくれなかったのかと思ってたんですが、実はみんな来てくれてて。でも人が多くて入れなかったみたいなんです」

中澤の会社の仲間だけでなく、この日【モーニング娘。】のCDを買いに来ながら手に入れることのできなかったお客さんはまだまだ大勢いた。

この調子なら5万枚完売も決して夢ではない・・・・・ 発売初日にもかかわらず、5人は抱き合って涙を流した。

181 :A.:2001/08/02(木) 20:48 ID:sVVO69S2
続く発売2日目は福岡。

メンバーの中に九州出身者がいなかったため、人が集まってくれるのか、誰もが非情に心配していた。だが、発売開始前から会場は超満員。その中には、シャ乱Qオーディションで【モーニング娘。】の面々と共に最後まで闘った福岡組の最終候補者や、北海道からわざわざやって来た飯田の両親など、5人にとってゆかりのある人々の姿も混じっていた。

そして、この地においても予想以上の売上げをはじき出すこととなった。

9004枚

大阪の売上げを合わせると、2万5614枚。2日目にして既に半分以上を売り上げたのである。

182 :A.:2001/08/02(木) 21:03 ID:sVVO69S2
続いての発売は札幌。安倍、飯田、石黒の3人が北海道出身であるだけに、ここでの売上げにはかなりの期待がかかっていた。

「地元の長崎屋ってデパートの店長さんをよく知ってるおじさんがいて、お父さんと一緒にそのデパートにポスターを貼らせてもらいに行ったり。親戚の人にも『買って下さい!』って地道なキャンペーンをやったりしてました」

安倍家だけでなく、飯田家でもこの日に向けて家族の協力があった。

「妹が学校で予約を取って来てくれて・・・・・。先生に怒られたっていってたけど、全部で30枚以上あったんですよ」

北海道出身の3人が頑張った甲斐あって、当日はあいにくの雪で気温も氷点下という最悪の天候に見舞われたにもかかわらず、多くのお客さんが集まり、CDは順調に売れていった。

しかしその販売中、飯田に思いも寄らぬアクシデントが襲ったのだ。

183 :名無し娘。:2001/08/02(木) 21:09 ID:buVYt21Q
モー娘はココ
http://www.oak.dti.ne.jp/~idolyuki

184 :木ツ女 王、士口:2001/08/03(金) 08:16 ID:qA6IIZZY
アルバム「セカンド・モーニング」発売直後 某誌インタビュー

・安倍なつみ 『中学生のとき、ある曲に励まされたの』
 ―― 安倍さんは普段どんなファッションをなさってますか?

 安倍 すごい個性的なんですよ。
    例えばTシャツを2枚重ねて着てみたり、バンダナを巻いたりして。
    自分なりに個性を出しています。

 ―― アクセサリーはお好きですか?

 安倍 好きですね。ピアスもしてます。
    左だけ開けてるんですけど、これも個性を出すためなんです。

 ―― 幼いころはどんな女の子でしたか?

 安倍 見かけはすごい真っ黒で、小っちゃかったです。
    いっつも外で遊んで、元気よかったですねー。うち、北海道の田舎なんですよ。
    自然が周りにいっぱいあったんで、木とか葉っぱとか使っておままごとしたり、
    鬼ごっこしたりして遊んでました。公園とか、学校の近くの木の丸太のところとかで。

 ―― 「北の国から」みたいですね。

 安倍 そう!そこまで田舎じゃないけど(笑)。
    でも海に行ったり山に行ったり、とにかく元気でした!

185 :木ツ女 王、士口:2001/08/03(金) 08:18 ID:qA6IIZZY
―― ASAYANのオーディションを受けたきっかけは何ですか?

 安倍 実は中1の時にひどいイジメにあってて、学校に行きたくなかったんですよ。
    でもそんな時ラジオから流れてきたのがJUDY AND MARYの『小さな頃から』
    っていう歌だったんですけど、その中の「ひとりじゃない」っていう歌詞にすごい
    勇気づけられました。
    その時は学校いったらホントにひとりだったけど、
    「あー私には家族もいて、ひとりじゃないんだな」って。
    3年生になって将来を考えたとき、知らない間に人を感動させたり励ましたりできる
    ような歌手に絶対なりたいって強く思ったんです。
    だから今回のオーディションも、落ちてもまた受けるつもりでした。
    最後まで自分を信じて。

 ―― これからは安倍さんがファンの方を勇気づける番ですね。

 安倍 まだまだですよ。今はどちらかというと、
    ファンレターなどで私が皆さんに元気づけてもらってるほうですから(笑)。

186 :木ツ女 王、士口:2001/08/03(金) 08:20 ID:qA6IIZZY
アルバム「セカンド・モーニング」発売直後 某誌インタビュー

・保田 圭 『世界中の人たちと友達になりたいの』
 ―― 最近、ますます大人っぽくなってきた保田さんですが、
    ファッションへのこだわりはありますか?

 保田 とにかく流行っているものが好きなので、最近はクラブ系のカッコウをしていますね。
    色は地味なのが多くて、黒とか茶色とかダーク系が好きなんです。

 ―― 小さい頃から性格も落ち着いた感じでしたか?

 保田 いいえ、見た目と違って、小さい頃は男の子のように外でサッカーをしていました。
    あと、家の庭で花いちもんめとか缶蹴りのようなお母さんが懐かしいっていう遊びを
    よくしていましたね。

 ―― その他に熱中していたことはありましたか?

 保田 エレクトーンを幼稚園からやってました。演奏会にも何度か出たことがあったんです。
    今、私達が立たせてもらっているステージとは大きさが全然違うので、
その時は緊張して弾いていましたけど、今ほどではなくて・・・。
    でも、演奏会に出たことで度胸はついたんじゃないかなって思っています。

 ―― デビューが決まった時はどんな気持ちでしたか?

 保田 初めてのオーディションでまさか合格するとは思ってなかったんです。
    合格の電話がきたのに何かまだ審査があるのかなぁとか、最初の5人みたいに
    5万枚手売りしなくちゃいけないのかなぁとか、いろいろ考えちゃいました。
    でも本当にビックリしました。

187 :木ツ女 王、士口:2001/08/03(金) 08:23 ID:qA6IIZZY
 ―― 今一番やりたいことは何ですか?

 保田 歌はもちろんなんですけど、英語を話せるようになりたいですね。
    実は昔から外国の人と話すのが好きだったんです。

 ―― どれくらい話せるのですか?

 保田 全然喋れません(笑)。だから今は辞書を必ず持ち歩いているんです。
    外国の人と話せるようになれば、もっと輪が広がると思うので。
    今は勉強中ですが、いつか世界中に友達をたくさん作りたいですね。

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